静かに沁みる母の愛と喪失と家族の物語
映画「ハムネット」
2025年/126分/イギリス
<監督>
クロエ・ジャオ
<原作>
マギー・オファーレル『ハムネット』
<キャスト>
ジェシー・バックリー、
ポール・メスカル、
エミリー・ワトソン、
ジョー・アルウィン
「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督がシェイクスピアの名作「ハムレット」誕生の裏側にある“家族の物語”を静かに描いた作品です。
4月11日、TOHOシネマズ上大岡にて鑑賞。
ちょうど今月で失効してしまうU-NEXTのポイントがあったため、それを映画館で使えるチケットに交換し、劇場へ劇場へ向かいました。
正直に言うと、鑑賞前の期待はそれほど高くありませんでした。
「シェイクスピアの息子の死が『ハムレット』につながった」
という話をなぞる作品だろう、という程度の認識でした。
けれど──
後半からラストにかけて、胸の奥がじんわりと熱くなり、気づけば涙が頬を伝いウルウルとしてしまいました。
派手さはないのに、確実に心に残る。
いまのところ今年観た作品の中でも、上位に入る一本ではなかったかと思えるほどでした。
やっぱり何事も観て経験してみないとですね(笑)。
上映中ですので、極力ネタバレを少なくして書きたいと思います。
■内容
「ノマドランド」のクロエ・ジャオ監督が、シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語を、フィクションを交えながら描いたドラマ。
北アイルランドの作家マギー・オファーレルが2020年に発表し、英女性小説賞と全米批評家協会賞を受賞した同名小説を映画化した。

16世紀イングランドの小さな村。薬草の知識を持ち不思議な力を宿したアグネス・シェイクスピアは、作家としてロンドンで活動する夫ウィリアムが不在のため、3人の子どもたちと暮らしている。
ペスト禍のなかで子どもたちを守り奮闘するアグネスだったが、不運にも11歳の息子ハムネットが命を落とし、家族は深い悲しみに包まれる。
(映画.com)
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■時代背景 “ハムネット”と“ハムレット”名前がつなぐもの
この映画の核にあるのは、「名前」です。
ハムネットとハムレット。

この2つの名前は、16世紀当時ほとんど同じように扱われていました。
だからこそ、
息子の死と、あの戯曲の誕生がどこかでつながっているのではないか?そんな想像が生まれます。実際そこで何か戸惑いを感じる人も多いかと思います。
本作は、そのわずかな“名前の揺れ”を手がかりに、喪失がどのように創作へと変わっていくのかを、静かに見つめていくような内容でした。
■「森の魔女の娘」と呼ばれたアグネス
物語の中心は、妻アグネス。
彼女は村で「森の魔女の娘」と噂される存在です。
薬草を扱い、自然の気配を感じ取りながら生きる女性。
鷹が空を舞い、彼女は森の中で静かに手を動かす。その姿はどこか神秘的で、静かな生活の中に溶け込んでいきます。
そんな彼女に家庭教師をして、家族の借金を返済していたウィリアム・シェイクスピアが心を通じ合わせていきます。
監督が描く自然と人間が切り離されない世界観が印象的で、映像そのものの美しさにも強く引き込まれました。
■ 双子の誕生、静かに置かれる“伏線”
やがてアグネスは双子を出産します。
一方の命(ハムネット)はすぐにこの世界に根を下ろし、
もう一方(ジュディス)は、生死をさまよいながらも、アグネスの賢明な祈りの結果、少し遅れてこの世界へと引き戻されます。
この誕生のシーンはとても静かですが、
後に訪れる出来事を思うと、強く胸に残る場面でした。
■ 喪失へ向かう中での“ある選択”
やがて大流行したペストが家族を襲います。

そのなかで描かれる、ハムネットが行った、“ある選択”。
それは誰かを思うがゆえの、とても静かで切ない行動です。
前半の何気ないやり取りが、ここで思いがけない形で重なり、
胸の奥にじわりと痛みを残します。
語りすぎない方がいい場面ですが、
彼の一つ一つの行動は、父との約束を思えばこそなのですが、見ているこちらは思わず手を伸ばして止めたくなるようなものでした。
そしてウルウルしたのは、いうまでもありません。
ここから母親の喪失感、そして家を空けていた夫であり子供の父親への非難があふれてきます。
■ ラスト“生きるべきか、死ぬべきか”の重み
物語はやがて、あの有名な「ハムレット」の初演へとつながっていきます。

「To be, or not to be」
誰もが知るこの言葉も登場しますが、本作で胸に残るのは、その台詞そのものではありません。
そこに込められた、
父としての喪失と、創作へと変わっていく痛みでした。
舞台上の俳優が言葉を発しようとした、その時。
観客が一斉に手を差し伸べる――
「あぁ~こういうことだったのか!」
と、思わず心の中で叫んでしまいました。

ポスターにも使われていたあの場面が、
物語の流れの中で見ることで、まったく違う意味を帯びて迫ってきます。
静かだけれど確かに心を揺さぶる。
舞台の演技に集中するアグネスと、観客たちの姿が重なっていく。
その瞬間、作品への感動が胸に広がる。
その流れの中で印象に残ったのが、アグネスを演じるジェシー・バックリーの表情の変化でした。
ほとんど言葉はないのに、そのわずかな揺らぎだけで、彼女の心の移ろいが伝わってきます。
そのラストシーンは、この物語の中で唯一、感情が一気にせり上がる場面です。
あの瞬間、喪失の痛みが静かに救いへと変わっていくように感じました。
この高まりを、ぜひ劇場で体験していただきたいですね。
■ 母の愛と、言葉にならない悲しみ
この映画は、アグネスを中心に描かれた喪失と家族の物語ではないかと思います。
子どもを失った母の悲しみ。
それを演じたジェシー・バックリーの演技は、本当に見事でした。アカデミー賞主演女優賞を受賞しただけのことはある説得力でした。
激しく感情をぶつける瞬間もありながら、
その根底には常に、沈黙の中で抱え続ける想いがありました。
その沈黙が、かえって深く胸に沁みてきます。
そして同時に、
この作品全体には、クロエ・ジャオ監督らしい「自然」のまなざしが静かに息づいています。
風の気配、
森の静けさ、
光の移ろい。
人間の感情を、自然の呼吸と同じリズムで描いているような感覚がありました。
夫であるウィリアム・シェイクスピアもまた、
その悲しみを抱えながら、言葉へと変えていったのだと感じさせます。
■ほくと的まとめ
映画「ハムネット」は、喪失と家族の愛を、静かに描ききった作品です。
大きな出来事だけで感情を揺さぶるタイプの映画ではありません。
それでもこの作品が残すものは、物語の“出来事”ではなく、その後に続いていく“感情の余韻”そのものだと感じました。
喪失は、終わるのではなく形を変えて残り続ける。
そうした時間の流れを、言葉ではなく空気のように描いた作品だったと思います。
ウィリアム・シェイクスピアと、その妻アン・ハサウェイについては、いまも人物像の評価が分かれ、残された記録も多くはありません。
だからこそ本作のような視点は、より新鮮に思えました。
そして特に印象に残ったのは、二つの場面です。
ペストの影が家族に迫る中での、ハムネットの静かな選択。
そして舞台『ハムレット』のクライマックス。
どちらも異なる場面でありながら強く心に残りました。
思いがけず、ただのポイント消化では終わらないほど心に残る作品になりました(笑)。
評価:5点満点中 4.0











