映画『ドイツ零年』 灰色の空の下、戦争の“その後”を生きる少年。 | ほくとの気ままなブログ

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※この記事は今年2月頃に書いたものの、アップしていなかった映画レビューです。少し時間が空いてしまいましたが、今でも多くの方に観ていただきたい作品だと思い、ご紹介します。

 

※記事とは関係ありませんが……。

サッカーワールドカップは、まさかFIFAランキング1位から4位の国が、そのままベスト4に勝ち残るとは驚きました。

そして準決勝は、アルゼンチンVSイングランド。

フォークランド紛争や、1986年大会の「神の手ゴール」など、両国には長年の因縁があります。

世界最高峰の戦いにふさわしい、大注目の一戦になりそうですね。

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廃墟と化したベルリンで、少年が見つめた戦後の現実

 

映画「ドイツ零年」

 

 

 灰色の空の下、戦争の“その後”を生きる少年。

 廃墟と化したベルリンで、少年が見つめた“戦争の終わりのその後”。 ロッセリーニの代表作『ドイツ零年』。 

その作品の余韻を、少しだけ書き留めてみました。

 

 1948年/イタリア/78分 

 

<監督>

ロベルト・ロッセリーニ (イングリット・バーグマンの元旦那さんです)

 

 <内容> 

ヌーベルバーグの監督たちに多大な影響を与えたネオレアリズモの旗手、ロベルト・ロッセリーニによる「戦争3部作」の3作目。 

 

 

第二次世界大戦後の廃墟と化したベルリンの街に生きる少年とその家族の姿を通して、戦争がもたらす残酷さを描いたドラマです。 

 

ほぼオールロケ、素人俳優の起用といったネオレアリズモの手法を駆使しながら、少年を襲う悲劇をドキュメンタリータッチで描き出しています。 

 

 

ナチス・ドイツ崩壊後のベルリン。 

少年エドモンドは、病弱で寝たきりの父、警察を恐れ家に引きこもる元ナチス党員の兄、家計を助けながら父を看病する姉とともに、間借りした狭い部屋で暮らしています。 

 

 

父と兄に代わってお金を稼ぐため、学校にも行かず廃墟のような街をさまようエドモンドは、ある日、小学校の担任教師だったエニングと再会します。

 

 学校を追放され闇商売に手を染めるエニングが説くナチス思想に、無垢なエドモンドは次第に感化されていきます。 

 

(映画.comより) 

 

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横浜シネマリンで、今年1月に開催されたロッセリーニ×ゴダール「2つの零年」と題した特集上映。

 これは観ておかないといけない作品だろうということで、今回が初鑑賞。 

 

■荒廃した街と少年の姿

まず『ドイツ零年』。

 この物語の舞台は、敗戦直後のドイツです。 

 

第二次世界大戦後の荒廃したベルリンの町並みを、ほぼオールロケ、素人俳優の起用で描いています。 

 

 

ドラマというよりも、当時の現実をそのまま覗き込んでいるような感覚。 

 

瓦礫だらけの通り、

崩れた建物、

壊れた窓ガラスに差し込む光 

 

スクリーンに映るものすべてが、作り物ではなく

「そこにあった現実」

だと感じさせられます。

 

 ■戦争で破壊された町並みの無残さ

 こうした光景は、遠い過去の記録ではなく、現在もガザやウクライナをはじめ、世界のあちらこちらで続いている現実でもあります。 

 

 

■生きるために街をさまよう少年

 病弱で寝たきりの父、戦争の記憶に怯えて家に閉じこもる兄、家計を支える姉。

 

 主人公エドモンドは学校にも行かず、荒廃した街を歩き回りながら日銭を稼ぎます。 

 

 

子供なのに、大人の顔をした子供たち。 

こんなふうに生活のために働く子供たちは、戦後の日本にもたくさんいただろうと思うと、胸が苦しくなります。

 

 

 父は咳を繰り返し、

「死にたい」

という言葉ばかり口にする。 

 

姉エヴァは夜のキャバレーで働き、家計を助けている。

 

 

 兄カールは元ナチ党員であることが発覚することを恐れ、定職につかず引きこもっている。 

 

収入の乏しい一家にとって、エドモンドもまた貴重な働き手でした。

 

ドイツ零年 | クルトの映画方丈記

 

 ある日、かつての担任教師エニングと再会します。 

彼は学校を追われ、闇商売に身を置きながら、なおナチス思想を語り続ける人物。 

 

エドモンドは、その言葉を疑うことなく受け入れてしまいます。 「信じてしまった」

というより、 信じるしかなかった―― 

そんな気持ちが、観ている側にも自然と湧いてきます。 

 

■観終わったあとに残るもの

 正直、気軽に楽しめる映画ではありません。

 

 

 この作品には、

救いも、

分かりやすい希望も

用意されていません。 

 

 

それでも、 

「戦争が終わったあと、人はどう生きなければならなかったのか」 

その問いを、これほど静かに、そして重く突きつけてくる映画は貴重だと思います。 

 

78分という短さなのに、観終わったあとはしばらく無になってしまうほど。

 瓦礫の街、

少年の小さな背中、

灰色の空。 

それらは映像としてではなく、

 

 “感覚”

 

ロベルト・ロッセリーニ監督 『ドイツ零年』 : 少年の告発した ...

 

として、今も心のどこかに残り続けています。

それは、ガザやウクライナで報じられる映像を目にするときにも、ふとよみがえってくる感覚でした。

 

 

戦争が終わったあとに残された“生きるという現実”。

映画を観終わった今、その意味を、私たちはどう受け止めるべきなのだろうか。そんなことを考えさせられる作品でした。

 

決して万人向けの作品ではありません。
それでも、戦争が終わったあとにも続く人々の苦しみを知るために、一人でも多くの方に観ていただきたい作品だと感じました。

 

5点満点中3.8

(画像すべてお借りしました)