ついにアメリカが、イランを攻撃してしまいました。アメリカのやり方は正義なのでしょうか?
力が正義になる時代に、
東京裁判は何を問い続けているのか
映画「東京裁判」
1983年・4時間37分(277分)・東宝
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膨大な映像資料から浮かび上がるのは、
戦争を裁くという行為そのものの揺らぎと、
正義が一つではないという厳しい現実です。
いま世界が再び不穏さを増す中、この作品が投げかける問いは決して過去のものではなく、むしろ現在に向けられた鋭いメッセージとして響いてきます。
そんな思いもあって、長らく書けずにいたこの映画について、ようやく筆をとることにしました。
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<監督>
小林正樹
<音楽>
武満徹
<ナレーション>
佐藤慶
<内容>
「人間の條件」「切腹」の名匠・小林正樹監督が、戦後日本の進路を決定づけたともいえる極東軍事裁判・通称「東京裁判」の記録を、膨大な映像群からまとめあげた4時間37分におよぶ歴史的ドキュメンタリー。

第2次世界大戦後の昭和21年、東京・市ヶ谷にある旧陸軍省参謀本部で「極東国際軍事裁判」、俗にいう「東京裁判」が開廷。
その模様は、アメリカ国防総省(ペンタゴン)による第2次世界大戦の記録として撮影され、密かに保管されていた。
50万フィートにも及んだ記録フィルムは25年後に解禁され、その中には、法廷の様子のみならず、ヨーロッパ戦線や日中戦争、太平洋戦争などの記録も収められていた。

それらの膨大なフィルムを中心に、戦前のニュース映画や諸外国のフィルムも交え、小林監督のもと5年の歳月をかけて編集、製作。戦後世界の原点をひも解いていく。
(映画.com)
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この映画、ずっとブログに書こう書こうと思いながら、過去3回映画館での鑑賞をしてきました。
それでも観返すだけで、結局そのまま時間が経ってしまった作品でもあります。
少し前にNetflixでも観て、また今の世界情勢を見ていて思うところもあったため、
「今なら書けるかも」
と思い、今回ようやく筆をとることにしました。
ただ、あまり長くなってもどうかと思うので、ある程度短くまとめたいところですが・・・できるかなぁ?(笑)
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「人は戦争を裁けるのか」
「戦争の責任は誰が負うのか」
個人か、国家か、指導者か。
この問いは、現代の国際刑事裁判にもつながる普遍的テーマです。
「正義とは何か」
判事たちの議論は、正義が一枚岩ではなく、立場によって揺らぐことを示しています。
「歴史は一つではない」
同じ出来事でも、国や立場によって解釈は異なります。
作品は、
“多声的な歴史観”
を提示します。
「戦争を二度と繰り返さないために」
裁判の意義は、過去を断罪するだけでなく、未来への警鐘でもあります。
『東京裁判』は、歴史の善悪を単純化せず、戦争と正義の本質を観客に考えさせる作品です。
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映画を観た動機
43年前の公開当時この作品を観た一番の動機は、大川周明が東条英機の頭をペチッと叩く、あの有名なシーンを観たかったからです。
その当時はYouTubeなどもなく、見たい映像は映画館で観るしかありませんでした。
もし今みたいに簡単に見ることができていたなら、わざわざこの映画を観ていなかったかもしれませんね。
でも、大スクリーンで観る“あの瞬間”は、特別な体験でしたし、この作品はやはり観るべき作品であったと思います。
映画の概要
この映画は、極東国際軍事裁判(東京裁判)の記録映像を中心に構成されています。
満州事変から太平洋戦争に至る17年8か月、日本の指導者たちがどのように戦争へ向かっていったのか、そして敗戦後どのように責任を問われたのかを詳細に描いています。
★戦争裁判というテーマなので、関心のない方はスルーしてくださいね。(笑い)
(裁判概要)
- 開廷:1946年5月3日
- 被告:28名
- 裁判官・検事:11カ国で構成
- インド、オランダ、カナダ、イギリス、アメリカ、オーストラリア
- 中国、ソ連、フランス、ニュージーランド、フィリピン
- 公判回数:416回
- 開廷期間:2年6か月
- 総費用:約27億円(当時の日本円換算)
※数字だけでも、歴史上最大規模の国際裁判であったことがわかります。
(罪状の分類)
1. A級犯罪 :平和に対する罪(侵略戦争の計画・遂行)
・ 戦争を始めた責任を個人に問う、国際法上の前例のない概念
2. B級犯罪 :通常の戦争犯罪(捕虜虐待など)
3. C級犯罪:人道に対する罪
※特にA級犯罪は、戦争責任を個人に問うという国際的な転換点でした。
横浜シネマリンでの鑑賞体験と
その後配信での鑑賞
少しまた話は前後しますが、直近の映画館鑑賞は2019年横浜シネマリンでの鑑賞。
書きかけのブログ記事を読み返していたら2年前に観たと下書きで書いていますので、それから5年も放置していたことになります(苦笑)
4時間37分の長丁場。
途中休憩はありましたが、意外と最後まで集中して観ることができたと思います。
特にドキュメンタリー作品ということもあり、裁判のシーンにはやはり緊張感があります。

それぞれの被告に判決が下される場面では、英語で
“death by hanging”(絞首刑)
と告げられます。
生の裁判で、しかも絞首刑が言い渡される瞬間の緊張感は、画面を通しても強く伝わってきました。
また小林監督の演出は派手ではありませんが、淡々と積み重ねることでじわじわ“重さ”が効いてくるタイプ。
だからこそ、長尺が逆に心地よく感じる瞬間もありました。
公開当時に初めて観たときも、同じように長さを苦にせず集中できた記憶があります。
ただしネット配信で鑑賞した時は、気が緩んでいるせいか(笑)少し緊張感が薄れ、時間を気にしてしまった感もありました。
裁判の本質と映画の視点
この映画で特に印象的なのは、裁く側と裁かれる側の微妙な力関係や、法と正義の狭間を丁寧に描いている点です。
ご存じの方も多いかと思いますが、インド代表のパール判事は
「事後法で裁くのは法的に不当」
としてただ一人、全員無罪を主張しました。
ただし
「被告人の行為を正当化する必要はない」
とも述べており、単純な“日本擁護”ではありません
映画はこの点をしっかり扱い、
“パール判事=日本無罪論”
という単純化を避けています。
また、大川周明のペチッもそうですが、映像として残っているからこそ伝わる空気があります。
1946年5月、極東国際軍事裁判の法廷で、
- 大川周明が突然立ち上がり
- 東条英機の頭を「ペチッ」と叩く
- 法廷が騒然となる
その直後、
東条英機は一瞬、苦笑いのような表情を見せます。

初めて映像でこのシーンを見たときに、大川周明のペッとする場面より実は、この東条英機の苦笑いする場面が強烈に印象に残りました。
狂言なのか本気なのか?
その曖昧さも含めて、歴史の一部として体験できるのがドキュメント映画の魅力です。
ちなみに東条英機の頭を叩いた翌日に、大川周明は病院へ移送されています。
このペチッの場面は何度見ても不可解に思えます。
最初はおかしかったのですが、そのあと色々と考えてしまいます。
*実際にその行動が何だったのかは、結論が出ていないはずです。
答えは与えられない、
考えるためのラストシーン
この映画は戦犯処刑で終わりません。
そこからさらに世界情勢へと視点が広がり、観客に問いかけます。
- 東西冷戦
- スエズ危機
- ハンガリー動乱
- キューバ危機
- ベトナム戦争
最後は、あの有名なナパーム弾から逃げる少女の写真で幕を閉じます。
「東京裁判」とは何だったのか、
世界は平和に向かったのか、
観客に考えさせる終わり方で、
「終」「完」の文字すらありません。
裁判そのものは、
- 戦勝国が敗戦国を裁く構図、
- 天皇の戦争責任の扱い、
- 戦勝国側の利害、
- 被告人同士の責任の押し付け合い、
政治と正義が複雑に絡み合った“政治劇”だったのではないでしょうか。

小林監督は、世間で“憎き戦犯”とされていた東条英機を、一人の人間として描き、彼の言葉をそのまま紹介しています。
観客に考える余地を残す姿勢が、とても印象的でした。そこは素晴らしいと思いました。
4時間37分の価値
戦争裁判というテーマゆえ、興味のない人にはハードルが高い作品ですが、時代の検証として観る価値は十分にあります。
勝てば官軍、
力による支配、
核を持つ国が強いという空気。
今の世界を見ても、構造はあまり変わっていない気がします。
人間は変われるのか、
それともAIに任せる未来が来るのか?
改めて見ると、そんなことまで考えてしまう映画でした。
評価
5点満点中 4.0
(画像すべてお借りしました)














