映画『ニンフォマニアック』の衝撃と美学|ラース・フォントリアーの世界 | ほくとの気ままなブログ

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性の記録か、魂の断片か──

トリアー的AVの深淵 

 

映画「ニンフォマニアック」

Vol.1/Vol.2

 

 

2013年 デンマーク 

147分(Vol.1 DC)  177分(Vol.2 DC)

合計約5時間30分

 

<監督>

ラース・フォン・トリアー

<キャスト>

(主演)

●シャルロット・ゲンズブール:ジョー(主人公・中年期)

●ステイシー・マーティン:若いころのジョー(Vol.1中心に登場)

●ステラン・スカルスガルド:セリグマン(ジョーの話を聞く男性)

●シャイア・ラブーフ:ジェローム(ジョーの恋人)

●クリスチャン・スレイター:ジョーの父(回想シーンで登場)

 

(Vol.1)

●ユマ・サーマン:ミセスH

(Vol2)

●ジェイミー・ベル:K(SM的関係の相手)

●ウィレム・デフォー:L

●ウド・キア:ウェイター

その他個性溢れる面々。

 

<内容>

路地裏から始まる“語り”寒い冬の夜。

路地裏で倒れていた女性ジョーを、独身の知識人セリグマンが見つける。

彼女は警察も病院も拒否し、セリグマンの部屋で静かに横たわる。

そして始まるのが、性依存症の女性が語る、欲望と空虚の人生。

 

この語りが、Vol.1とVol.2を通して展開されていきます。

 

Vol.1:

(快楽の記録と“感覚の喪失”)

 

ジョーは幼少期から性に強い関心を持ち、

 

 

 

学生時代には親友と列車内で“何人の男性と関係を持てるか”を競うゲームに興じる。

 

 

快楽は彼女を満たすどころか、空虚を深めていく。

職場で初体験の相手と再会し、既婚者との関係が原因で家庭を崩壊させる。

 

 

父の死を看取る病院でも性行為を続けるジョー。

そして、ついに彼女はこう告白する。

 

「I can't feel anything anymore.(もう何も感じないの)」

 

セリグマンは静かにこう返す。

「That's interesting. Let's talk about that.(それは興味深い。話してみよう)」

 

この一言が、Vol.2への扉を開く。

快楽の喪失は、破滅の始まりだったのです。 

 

Vol.2:

(破滅と裏切りの記録)

ニンフォマニアック Vol. 2【ディレクターズ・カット完全版 ...

 

 

快楽を感じられなくなったジョーは、痛みを求めてサディスティックな青年Kのもとへ通う。

 

 

 

家庭は崩壊し、母としての役割も果たせず、子どもは施設へ。

 

 

 

裏社会の仕事に手を染め、若い女性P(ミア・ゴス)をスカウトして性の世界へ導くが、彼女はジョーの元恋人と関係を持ち、ジョーはすべてを失う。

 

そして、語りの夜が終わったその瞬間――

このあと聞き役だったセリグマンがとった行動が・・・驚愕のラストへ。

 

ここは秘密にしておきましょう。

 

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セリグマンとの語りの場は、理解と共感の場ではなく、裏切りの場だったのです。

ジョーの人生は、語り終えた瞬間に再び傷つけられるなんて・・・・・。

 

 

これはトリアー監督のポルノ?AV?

だが、ポルノやAVよりも深く、痛い。

ラース・フォン・トリアーが描くのは、性ではなく孤独。快楽ではなく懺悔。

 

ニンフォマニアック Vol.1 | 映画・ドラマを見るならWATCHA

 

そんなすごい映画を観てしまったほくとは、何を書けばよいのか迷うほどでした。

 

 

この内容を文章に表わせるかどうか不安。でも、気ままなブログだからこそ、気ままに思いつくまま書いてみましょう。

 

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私の好きな監督のひとり、ラースフォントリアー作品。

少し前に「ドックヴィル」のレヴューをアップしましたが、

 

 

こちらもネット配信にて初鑑賞。

この作品は2部作、しかもディレクターズカット版だったので、結果ありゃ~~の約5時間30分も費やしてしまいました。

 

というのは、この作品はタイトルからお分かりいただけるかと思いますが、性的依存症の主人公を扱った作品。

 

 

その色情狂を自認する主人公が1部の終わりに

「何も感じなくなってしまった」

というエンディング。

 

1部を観て続きはやめようかと思っていたところ、その終わり方。

これは2部を観なくてはということになるオチ、

旨いことトリアー監督の術中にハマってしまいました。

 

 

語りの余韻:禅問答の迷路へ

この作品、観るには覚悟がいります。

ジョーとセリグマンとの会話はまるで禅問答のよう。

性描写は確かに過激ですが、そこに“エロさ”はほとんど感じられません。ジョーが求めているのは快楽ではなく、空虚を埋めるための行為の連続なのです。

彼女の語りは、ただの告白ではなく、どこか祈りのようであり、そして最後には警告のようにも響きます。

 

 

セリグマンとの対話は、哲学・文学・宗教が入り混じる、まるで答えのない知的な迷路。

 

そして迎えるラストは、信頼が崩れ去る衝撃の瞬間。

 

観終わったあと、静かに問いが残ります――

「語ること」

は救いになるのか、それとも、さらなる孤独を呼ぶのか。

まとめるなら、『ニンフォマニアック』は、性を通して人間の孤独と欲望を描いた、挑発的でありながら深く哲学的な作品でしょうか。

 

  • Vol.1は“語りの力”に引き込まれ、
  • Vol.2は“信頼の崩壊”に打ちのめされる。

 

観るには体力と心の準備が必要。

でも、観た後には確かに何かが残る。

それは「快楽」ではなく、「問い」かもしれません。

 

まぁ5時間超えの作品ですし、内容が内容なので、万人向けとは言えませんが、観終わったあとなんだか心の奥がざわつくような…そんな映画でした。

 

 

この作品は、レビューを読むよりも、実際に観ていただいたほうが伝わると思います。

 

ラストの二人の関係の変化には、きっと驚かされるはずです。

 

5点満点中3.7

(画像全てお借りしました)