静かな声の叫び——
忘れられた日本の影を描いた『サンダカン八番娼館 望郷』
“今の日本の豊かさ”の礎には、誰の人生が刻まれていたのだろうか──。
この作品が描くのは、日本が発展していく過程で、国の外縁で犠牲となった無数の女性たちの物語。
遠く異国の海に沈んだ名もなき声が、今も私たちに問いかける。
華やぎの陰に、ひっそりと刻まれた彼女たちの記憶。この国の豊かさは、誰かの奪われた人生の上に築かれたのかもしれない。
「語られなかった日本の影」
からゆきさんの声が、今、静かに響く
語り継ぐべき声を、あなたは聴く覚悟がありますか。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
1974年度代25回ベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)
1974年キネマ旬報ベストワン
映画「サンダカン八番娼館 望郷」
1974年 東宝、=俳優座 121分
<監督>
熊井啓
言わずと知れた社会派映画の巨匠
<原作>
山崎朋子『サンダカン八番娼館-底辺女性史序章』
<キャスト>
・三谷圭子:栗原小巻
・北川サキ:高橋洋子
・北川サキ(晩年):田中絹代
・竹内秀夫:田中健
・おキク:水の江滝子
・おフミ:水原英子
・おヤエ:藤堂陽子
・太郎造:小沢栄太郎
・矢須吉(サキの兄):浜田光夫
・山本(農業試験所技師):中谷一郎
・ベナンから帰った女:菅井きん
<内容:ネタバレあり>
女性史研究家・三谷圭子は、今、ボルネオの北端にあるサンダカン市の近代的な街に感慨を込めて佇んでいる。ここは、その昔、からゆきさんが住んでいた娼館の跡であり、サキが現在もそこにいるような錯覚すら覚えるのだった……。

圭子とサキの出会いは三年程前になる。
からゆきさんの実態を調べていた圭子は、天草を訪ねた時、身なりの貧しい小柄な老婆と偶然めぐりあった。

それがサキであった。圭子は、サキがからゆきさんであった、との確信を強め、また、サキの優しい人柄にひきつけられ、波瀾に富んだであろう過去を聞き出すために、サキとの共同生活を始めた。

やがて、サキはその重い口を徐々に開いて、その過去を語り出した……。

サキの父は彼女が四歳の時に世を去り、母は父の兄と再婚した。サキが十二歳の時、サンダカンで娼館を経営する太郎造はサキに外国行きをすすめ、前金三百円を渡した。
サキはその金を兄・矢須吉に送金し、人手に渡った畑を買い戻して幸福な生活をするように願い、村の仲間、ハナ、ユキヨと共にサンダカンへと発った。
当時のサンダカンは、英領北ボルネオにおける最大の港町で、日本人の経営する娼館が九軒あり、一番館、二番館と名づけられており、太郎造の店は八番館であった。
八番館に着いて一年後、サキは客を取るように言い渡された。借金はいつの間にか二千円にふくれあがり、十三歳のサキにその借金の重みがズッシリとのしかかり、地獄のような生活が始った。だが、そんな生活の中にもサキは、ゴム園で働いている竹内秀夫との間に芽生えた愛を大切に育てていった。
そしてある日、太郎造が急死し、女将のモトはサキたち四人を余三郎に売り渡した。余三郎はサキたちをプノンペンへ連れて行こうとするが、新しく八番館の主人となったおキクの尽力で、サキとフミだけはサンダカンにとどまることになった。
おキクが主人となってからは、八番館は今までと違って天国のようだった。そして秀夫との愛に酔いしれたサキだったが、ある日突然、秀夫はゴム園の娘との結婚を告げ、サキに別れを告げた。サキの初恋は砂上の楼閣のように、もろくも崩れ去った。
数年を経て、おキクはひょっこり現われた余三郎との口論の最中倒れた。おキクはサンダカンで死んだ日本人を弔うために共同墓地を作っていた。
おキクを葬ったサキは帰国したが、母は既に死に、兄の矢須吉もサキが外国帰りということで外聞を気にして避けるようになっていた。
天草はサキにとって、もはや故郷ではなくなっていた。その後渡満したサキは結婚、男の子を生んだ。だが戦争は夫も財産も奪った。やがて帰国したサキは、息子と京都で暮すが、彼が二十歳を過ぎた頃、サキ一人で天草へ帰された。結婚するにはからゆきさんの母親が邪魔になるのだろう……。
圭子とサキの生活は三週間続いた。
だが、村人は二人への疑惑を燃え上がらせた。
圭子がサキの実態を書けば村の醜聞が知れ渡るからだ。
圭子は取材を断念するとともに、自らの素姓を明かしてサキに詫びた。だが、サキは圭子を慰め、温い愛情で勇気づけるのだった……。
そして今、圭子はジャングルの中でおキクや秀夫の墓を発見した。望郷にかりたてられて死んでいった日本人たち。
だが、それらの墓は、祖国・日本に背を向けて立てられていた……。
(映画comより)
********************
”からゆきさん”という言葉を知っていますか?
この作品は実話に基づいた物語。
やっと観ることができた。
遥か昔、私が大学1年の時、就職が決まった映画好きの先輩から大量に譲り受けた映画パンフレット。そのなかにまぎれていたのがこの作品。
タイトルがなぜか強烈に残っていたけれど、機会に恵まれずずっと観ることがなかったこの作品。やっと観ることができました。
そして今年の「ほくとの気ままなブログ」グランプリ候補の予感です。
日本の歴史の陰に埋もれてしまった出来事。これもまたしっかりと知っておくべき歴史の一つです。
この映画、ただの娯楽作品じゃありません。
日本の近代化の裏側に置き去りにされた女性たちの声なき声を、静かに、でも力強く描いていました。
また田中絹代さんの圧巻の演技は、みておく価値あり。銀熊賞(女優賞)を受賞しただけのことはあります。
♦語られなかった日本の影――からゆきさんの声が、今、静かに響く
1974年の東宝作品『サンダカン八番娼館 望郷』。
その名が示すのは、日本の近代化の裏側で忘れられた女性たちの記録である。
熊井啓監督が山崎朋子の同名原作をもとに、社会の暗部に真正面から向き合ったこの作品は、第25回ベルリン国際映画祭で田中絹代に銀熊賞(女優賞)をもたらしましたが、何よりも評価すべきは、その静かなる声の強さでしょう。
♦ストーリーの流れ(内容と少々重複しますがお読みください)
物語は、女性史研究家・三谷圭子(栗原小巻)(原作者山崎朋子がモデル)が、明治〜昭和初期にかけて海外に渡った「からゆきさん」と呼ばれる女性たちの実態を調査するため、熊本県天草を訪れるところから始まります。
そこで出会ったのが、北川サキ(田中絹代)という老婆。
彼女はかつて、マレーシア、ボルネオの港町サンダカンにある八番娼館で働いていた元「からゆきさん」でした。
壮絶なサキの語る過去
- 12歳で家族の借金返済のために売られ、密航船でサンダカンへ。
- 13歳で娼婦として客を取る生活が始まり、借金は膨れ上がり、逃げ場のない日々。
- 一時は恋もしますが、裏切られ、仲間も失い、帰国しても差別と孤独が待っている。
- 最終的には満州へ渡り、結婚・出産を経て、戦後は息子にも疎まれ、天草の廃屋で猫と暮らす日々。
三谷はそんなサキの人生を記録しながら、日本の女性史の闇に触れていきます。
(当時の社会情勢とからゆきさん)
この映画の背景には、明治期から昭和初期にかけての日本の急速な近代化と貧困問題があります。少しそのことにも触れておきましょう。
♦「からゆきさん」とは?
- 「からゆき」とは「唐行き(中国行き)」が語源。
- 主に九州や沖縄などの貧困地域から、東南アジアやシベリアなどに売られた日本人女性を指します。
- 彼女たちは娼婦として働かされ、帰国後も差別や偏見に苦しみました。
♦なぜそんなことが起きたのか?
- 明治政府は富国強兵を掲げ、海外進出を積極的に推進。
- 一方で、国内では農村部の貧困が深刻で、家族の借金返済のために娘を売ることが珍しくなかった。
- 女性の人権意識は低く、「女は家のために犠牲になるもの」という価値観が根強く存在していました。
♦サンダカンという場所

- サンダカンは当時、英領ボルネオ最大の港町。
- 日本人経営の娼館が9軒もあり、軍艦が寄港するたびに兵士たちが行進して娼館に向かう描写は、観ていて胸が痛みます。
映画の中でも描かれていますが、多い人では一晩に30人もの相手をしたようです。
♦映画としての魅力と意義
- 田中絹代さんの演技は圧巻。晩年の代表作であり、ベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞)を受賞しました。
- 映画は、娼婦の生活を美化せず、リアルに描写。それが逆に、彼女たちの尊厳を浮かび上がらせます。
- 三谷圭子とサキの関係性が温かく描かれており、過去と現在、学問と人間の心が交差する構造が見事です。
この映画を観て思ったのは、「歴史は教科書だけじゃ語れない」ということ。
サキさんの人生は、ただの個人の物語ではなく、日本という国が近代化する過程で犠牲になった無数の女性たちの象徴です。
♦俳優陣の演技
● 田中絹代さんが演じる晩年の北川サキは、
わずかな身振りや表情の陰影の中に深い人生を語らせており、観る者の心を静かに撃ちます。孤独や後悔、そして記憶の重さを一言一言に宿らせるその演技は、まさに魂の記録と言えるよう。本当に女優田中絹代というより、まるで本人おサキさんがそこに実在していたかのようでした。
●高橋洋子さんが演じる若き日のサキは、
無垢さと抗えない運命との対峙を丁寧に描き、青春の儚さと痛みを体現しています。とりわけボルネオへ渡る前の微笑や恋のまなざしは、後年のサキの沈黙と呼応しており、二人の演技が一人の女性の人生を見事につないでいました。素晴らしかったです。

● 栗原小巻さんが演じた三谷圭子は、
知的な佇まいと心の葛藤を絶妙に融合させた演技でした。サキとの対話シーンでは、繊細な聞き方や間の取り方によって、語られるべき歴史を浮き彫りにしていた。ただ個人的には、栗原小巻さんでなくてもという感じでしたが、もしかしたら原作者に雰囲気が似ていたとか?
●水の江瀧子さんが演じたおキクは、
娼館の女主人としての厳しさと、底に流れる慈しみの心を静かな口調で滲ませる。日本人共同墓地の設立に込めた思いを語るシーンでは、長く生き抜いた女性の静かな覚悟が画面を支配していました。水の江瀧子さんの女優というイメージがなかった(タレントのイメージが強かった)のですが、凄みがありましたね。
●田中健さんが演じた竹内秀夫は、
若きサキとの淡い恋の中で、まっすぐな視線と素朴な表情が一時の安らぎをもたらし、物語に爽やかさと切なさを同時に与えていました。
またその他俳優陣、それぞれが個性ある演技をみせてくれていますが、やはり高橋洋子さん、そして田中絹代さんの演技は強烈に目に焼き付きます。その田中絹代さんの演技について(おまけ)のところに記述しておきます。
♦涙を誘い余韻を残すラストシーン
サンダカン娼館時代に、そこの娼婦たちのために墓地を女主人となったおキクさんが作っていたのです。
しかしその実態はわからずでした。
強い日差しの下、三谷圭子は誰も知らないその墓地を求めて案内人たちとともにジャングルの中に入って行く。
草木に埋もれひっそりと身を隠すように墓石が現れる。
皆で草を刈り周りを整備する。
三谷圭子は同行者農業試験所技師の山本(中谷一郎)に尋ねる
「北はどちらですか」
彼はゆっくりとポケットから磁石を取り出す。
磁石の針が静かに北を指すと、山本は木々の向こうを指差す。
その方向には日本が・・・・。
そして墓石のすべてが日本に背を向けて建てられていたのでした。
遠い記憶の中のおサキの声が甦る。
「日本は、あたしたちを捨てたんじゃけん……」
このラストはなにをかいわんや。
強烈に響きました。それは、彼女たちが日本に裏切られたことの象徴であり、私たちが忘れてはいけない歴史の証だと・・・。
5点満点中4.2
この映画は、過去の話ではない。
私たちの現在に、静かに問いかけ続けている。
“見なかったこと”にしてきた日本の影を、もう一度見つめ直すことの重要性を問いかけているのではないでしょうか。
***********************
(画像すべてお借りしました。一部画像は本編とは関係ありません。)
(おまけ)
晩年の北川サキことおサキに扮する田中絹代は久しぶりの主演で、はた目には異常に見られるほど役に打ち込んだ。
娘時代のおサキを演じる高橋洋子と田中は同一人物のため、二人の共演シーンはないが、田中は高橋の芝居をじっと観察し、その延長線上におサキの芝居を研究した。
田中は自身の撮影終了後も迎えの車を使わず、熊井はスタッフから撮影所から約800メートルの成城学園前駅まで歩いていると聞いた。小雨が降っているのに傘も差さず、濡れながら歩き、スタッフが傘をさしかけようとしたが、その後ろ姿に近寄りがたい気迫がみなぎり、仕方なく見送ったという。
熊井は田中が亡くなる前に親しかった方たちの話から、撮影当時の心境を聞いた。
老いているからといって他人から同情を受けたくなかったこと、モデルのおサキさんは映画の通り、当時も天草の辺境のあばら家で猫と暮し、雨が降っても傘を差す余裕すらない極貧の生活を送っていたことで、他人からの思いやりや同情を役づくりのためすべて拒否していたと知った。
1973年9月25日、田中の撮影がすべて終了すると田中は
「私はこれで、もう死んでも構いません」
と言った。
(以上、ウィッキペディアより抜粋)













