映画「田園に死す」
1974年日本ATG 102分
<監督・脚本・原作>
寺山修司
<キャスト>
人妻化鳥:八千草薫、
空気女:春川ますみ、
草衣:新高恵子、
私:菅貫太郎、
少年時代の私:高野浩幸、
牛:三上寛(俳優でありフォークシンガーなんですが、知っている人いるかなぁ?)、
イタコ幻婆:原泉、
せむしの少女:蘭妖子、
兵隊馬鹿:サルバドール・タリ、
私の母:高山千草、
大男:大前均、
批評家:木村功、、
嵐:原田芳雄
<音楽>
J・Aシーザー
<内容>
青森県の北端、下北半島・恐山のふもとの寒村。父に早く死なれた少年は、母一人子一人で犬を飼って暮している。隣の家に嫁にきた女が少年の憧れの人である。隣は地主で、姑がすべてを支配しており、女の夫は押花蒐集狂の非力な中年男である。少年の唯一の愉しみは恐山の霊媒に逢いに行き、死んだ父を口寄せしてもらうことだった。
ある日、村にサーカス団がやって来た。人気者の空気女と一寸法師の夫婦は、遠い町のことを色々と少年に話した。今の生活が嫌になっていた少年は、彼らの話に魅かれ、村を出たいと思うようになった。
この話を隣の嫁に言うと、嫁は一緒に村を出よう、と言ってくれた。だが、祭りの夜、待ち合わせの納屋には嫁は来なかった。がっかりした少年は、野原に一人で寝てしまった……。
ここまでが私の少年時代の自伝的な映画の前半である。二、三人のスタッフ、批評家と試写室で観ていた私は、「うまくまとまっている」とか「抒情的だね」などと、まわりに言われる。フィルムは再び、荒涼とした北国の風景を写し出す。母親が途方にくれて少年を捜している……。その時、試写室のドアが開き、少年(二十年前の私)が入って来て、この映画は過去を美化した作り物だ、と言って真実を語り始める。
空気女は男好きで、一寸法師はいつも嫉妬に狂っていた。母は犬憑きで、地蔵講の老婆たちに犬落しをしてもらい飼犬を殺す。駈け落ちの夜、少年は、隣の嫁と嵐という男の交わりを見た。
そして少年は「はじめから相手にしていなかった」と冷たく嫁に言われる。母一人子一人の生活に戻った少年は、相変らず家出を夢見ている。ある日、麦畑でばったりと現在の私と出会う。二十年をはさんだ少年と私とは母について、死について、相談して母を捨てようとする。私が準備して待っていると、少年は途中で東京帰りの出戻りの女に、なかば犯されるようにして童貞を失う。
少年は東京へ行きたい、と思い、雑踏の中で途方にくれている隣の嫁のことが思いうかび、矢も楯もたまらなく汽車に飛び乗る。現在の私だけが田園に取り残され、少年の帰りを待っている。やがて、冬が来て雪が降り始める。隣の嫁はどこにいるのだろうか。東京へ出ていった少年からは、今日になってもまだ便りがなく、私と二十年前の母とは、向きあって飯を食いながら、風の音を聞いているのである……。(Movie Walkerより)
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先日ホドロフスキー監督作品「リアリティのダンス」を紹介したとなっては、海外でも評価されていた我が日本の誇る天才?奇才?寺山修司のこの作品を紹介しないとね!
とにかく、なんじゃ~~凄すぎるこりゃ!!という作品です。
好き嫌いははっきりでる作品でしょう。
寺山修司は知っている人は知っていると思いますが、歌人でもあり、劇団「天井桟敷」の主催者でもあり(アングラ演劇四天王の一人)、映画監督でもあり、作詞家、シナリオライター、評論家などでマルチに才能を発揮し活躍した方であります。
そうそう競馬にも造詣が深かったですね。
たぶん私より少し年上の60歳オーバーの方々がちょうどビンゴなのではないでしょうか?
私は全盛期を体験してはいませんが、活躍ぶりなどはもちろん知ってはいましたし、子ども心にもなんかすごい人だなと思っておりました。
「あしたのジョー」のテーマ曲や「力石徹のテーマ」も作詞。
天井桟敷の新人女優カルメンマキの「時には母のない子のように」の作詞もてがけています。
そして力石徹の葬儀委員長も勤めました。漫画のキャラクターの葬儀ですよ!!
たぶんその時代の若者には圧倒的に支持があったことでしょうね。
独特の話し方も特徴的で、タモリさんなんかもけっこう真似していました。
さて本編の感想ですが、やはりこの映画、理屈はあるのでしょうがまずは感じるところからでしょうかね。
寺山修司の独特の世界を・・。
その世界観は彼の育った東北、そして家族がもろ影響している。
田舎独特の因習的社会のなかで、差別、間引き、乱交、親殺しなどタブーに挑戦しながら映像が進んでいるような気がしました。
低予算?だからでしょうか、チープな映像が多いのですが、それがまた見事にいい味独特の雰囲気を出しているのです。
ホドロフスキー監督作品の、色使いと似ている点もけっこうあります。
そしてこの映画のラストシーンはこれまた、独創的なのですが、寺山と同郷のあの川島雄三監督の代表作「幕末太陽」(過去に川島作品、何本かプログアップしています)に関係しています。
川嶋監督が制作会社から反対にあって撮れなかった、幻のラストシーンをこの作品の中で、見事にそのアイディアを使っています。
どんなシーンかはご覧くださいね。
漫画「栄光なき天才」を読んでいる方はご存知だと思いますがw
日本国内はもとより、海外での評価高も高かった彼の感性。
今の時代に、もし寺山修司が生きていたら、どんな映画を撮っていたのか想像してしまいますが、私のような凡人にはまぁ~想像できないでしょう^^;
5点満点中3.8











