story~私の物語~その4 | 何を選んでも正解。人生はいつからでもやり直せる。

何を選んでも正解。人生はいつからでもやり直せる。

生まれ育った高知の海や空が好き。
フリーランスヘルパーをしながら誰かを笑顔にしたいと願うちょっとおせっかいな還暦おばちゃんのブログ

保育所での運動会をきっかけに

自分は運動音痴だと思い込んだ私

 

 

 

 

ただバランスが

悪かっただけかもしれないけれど

なんども平均台から落ちて

母に悲しい思いをさせてしまったことが

決定打となった

 

 

 

 

その後、

運動を頑張ろうとは1ミリも思わなかった

 

 

 

 

 

それでも体を動かすことは好きで

よく外遊びをしていた

 

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右が私、左はいとこ

父の作った滑り台

 

 

 

 

妹が生まれてからも

祖父母の家に泊まりに行っていた

 

 

 

 

父方の祖父母は近所に住んでいたが

母の実家は北川村柏木というところで

坂本龍馬の親友である

中岡慎太郎の出身地

 

 

 

 

慎太郎の生家は

すぐ近所だ

 

 

 

 

眼下に奈半利川が流れ

淵の深いところは

なはりブルーと名付けたいほど美しく

山に囲まれた自然いっぱいの場所

 

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夏は蛍狩りや

冷たい川で水遊び

冬は掘りごたつがあって

お正月にはいとこが10人ほど集まり

にぎやかだった

 

 

 

 

歌好きだった私は

何かをマイクに仕立てて

伯母たちの前で

小柳ルミ子の歌を歌うと

上手い上手いと

ほめてもらったことを覚えている

 

 

 

 

そして私が小学校入学前の

1970年春

大阪万博が開催された

 

 

 

学校卒業して関西のとある邸宅で

女中奉公していた母は

その家を訪ねることを兼ねて

私たち姉妹を連れ

大阪に連れて行ってくれた

 

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よそ行きの薄いピンクのお洋服にベレー帽

大きなお屋敷のお庭での一枚

 

 

 

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こちらは万博へ行ったとき

 

 

 

 

 

生まれて初めて飛行機に乗って

帰りは夜の便だったようで

伊丹を飛び立った飛行機の

窓から見る美しい夜景を

 

 

 

 

おかあさん!

大阪のお星さまは

下にあるがやね

 

 

 

 

とネオンを星と勘違いして言った一言も

母が話してくれていたので

今でも覚えている

 

 

 

 

まだこのころは

飛行機嫌いではなかったらしい(笑)

 

 

 

 

次は小学校時代に参りましょう!

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

おまけのアップw

 

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髪型はいつもわかめちゃんカットで

美容院ではなく散髪屋

 

 

襟足をバリカンで剃るときは

いつもゾゾっとして

くすぐったかった