3つ違いの妹が生まれ
私はお姉ちゃんになった
お姉ちゃんになり
保育所に入園
通園バッグは
パーマン(知ってる人いる?
ご覧の通り我が家は決して裕福とは言えず
破れた障子を開けたら
そこが食卓であり
居間であり
寝室を兼ねていた
父は当時、製材所で働き
お風呂を沸かすための材木の切れ端が
いつも風呂の焚口のそばに
積みあがっていた
その木を積み木にしたり
手先が器用だった父は
庭にブランコや滑り台も手作りしてくれた
小さいときの私は
母と一緒に撮った写真より
父と一緒のものが多く
愛されて育ったらしい
ぼろ家ではあったけれど
狭い庭があり
幼い私にとって
公園であり遊園地だった
近所に年の近い子供がたくさんいて
よく一緒に遊んだ
音楽好きで
鉄琴や木琴
楽器を演奏することは
昔から好きだった
保育所では絵本が大好きで
いつも本を読んでいたと
当時の保母さんから
数年前に聞いた
反対に苦手なのは運動
運動会の時に
平均台をわたる競技があり
バランスが悪いせいか
途中で何度も落ちて
また元に戻ってわたるが
やはり途中で落ちて・・・・
その繰り返しで
観ていた母が泣きそうになったという話を
これまた何度も聞かされて
私は運動神経が悪いんだと思った
必死な顔
運動会の後には
必ずご褒美があって
紙袋の中に
いろんなお菓子と
リンゴが丸ごと一個入ってた
この時以来
運動会、体育大会に至るまで
かけっこの類は
ビリしかとったことがなく
私にとっては一年の中で恥ずかしい日であり
雨天順延でなく
雨天中止を心から願う年中行事となった
背中にお人形をおんぶしてます
つづく





