「進撃の巨人」オタクであるわたくし

物語の結末に満足しています^^

ひとつ前のブログで紹介していますが、結末についての批判が多い事を諌山先生が気にしているのがつらいです。

 

最新の諌山先生のコメントが、複数言語に翻訳されて、X(Twitter)にアップされたとき

英語、アラビア語翻訳コメントに対して、多数のアンチが沸いているのが理解不能でした。

一体どんな結末を期待していたのか?

翻訳機能でコメントを読んでみると、多いのは

「エレンは地鳴らしを完遂すべきだった」

「途中でやめたから、島は結局、滅んだ」

こういう意見でした。

世界にはイェーガー派が多かったようです。

とはいえ、結末に満足している多くの人は、わざわざコメントを書き込まないかもしれないので

ノイジー・マイノリティが目立っているだけかもしれませんが。

 

諌山先生が、うまく描けなかったと言っているのは

「エレンを、忌むべき存在として穢しきる覚悟がないまま、寄り添うように描いてしまった」こと

アンチの、エレンの虐殺は正しいという意見とは真逆。

 

なのに、こういうアンチ勢が、Isayama自身も、結末の描き方を失敗したと言っている!と主張しているのを見ると、読解力の低さにあきれる!

 

まだ、アルミンの「殺戮者になってくれてありがとう」に反発するなら、外国人は文脈が読めないからねと思えるけど…

エレンの加害性や異常性を描きながらも「虐殺はダメだ」と考えるのは当たり前だという感覚が、先生にはあったのではないかと思う。
ところが世界には予想外に虐殺肯定派が多かった。

だからこそ、もっとエレンを酷い奴として描くべきだったという心残りがあるのではないでしょうか。


先生の描き方の問題じゃなく読者の問題
 

 

こちらは、過去の諌山先生のインタビュー(完結後のもの)

アカウント登録(無料)すると全文読めます。

 

戦争が終わり、すべてがめでたしめでたしとなるようなハッピーエンディングもありえたと思います。

それもたしかに可能だったでしょう。

ただ同時に、戦いや争いが終わるというのも、何か嘘っぽい。あまりにも非現実的に聞こえます。

少なくともいま私たちが生きている世界においては、ありえそうにないことでしょう。

だから残念ですが、そうしたハッピーエンディングで終えることは諦めるしかなったのです。

だから巨人の力がなくなっても争いは終わらない
私には納得できる結末でした。

 

残酷な世界を描いた諌山先生ですが、現実世界というか人間の本性は、もっと醜かった。

私はパラディ島の一般人の目線で物語を追っていましたが、イェーガー派には賛同できない。

外の敵がいなくなっても、今度はイェーガー派による弾圧が始まる未来しか見えないから。

地鳴らし発動後のキヨミが、世間が狭くなるだけで、相変わらず殺し合いを続けるだろうと、フロックに発言している。

敵対勢力を消し去ることは、問題解決にならない。

そもそも、そんなことは不可能だというのは一貫していると思います。