もじもじです。
自分を責め続けて
苦しい時間を
過ごすうちに
こころが
死にそうで
それなのに
もっと殺そうと
してしまう自分がいて
それでは
心は
ずっと
回復なんて
しないよね
って気付いて。
もしかしたら
現実を
受け入れて
傷つくのが嫌で
回復しないように
必死なのかも
しれないけど
やっぱり
しんど過ぎて
回復に向かいたい。
そんなときに
自分の心が抱えている
気持ちを
とても代弁してくれている
ブログに出会った。
ああ
なんてその通りなんだ
と思う記事を読んで
こころが
救われたと同時に
表現力の高さに
心から尊敬の念を抱いた。
分かってくれない友人より
分かってくれようとする
第三者の方が
よっぽど
こころを癒してくれると
知った。
そんな記事を読むごとに
「自分は自分」で
良いんじゃないか?
と思えてきた。
私が受講に後悔した
潜在意識セミナーで
あなたは他者に
言って欲しいことを
強制している
あなたの思考が
相手にそう言わせているんだ
そのことについて
謝りなさい
と言われたときに
どうしても素直に
受け入れられなかった。
そもそも
相手が思っていることは
自分がコントロールできない
と思っているから
どうしても
その上で自分が
相手に強制してる
とは思えなかった。
謙遜が全て
相手に望む言葉を
言わせているという暴力だ
という理論なら
もはや
何も言えなくなるよね。
普通に
自分では自信のもてない
ことだってあるし
相手がお世話を言うのは
強制ではなく
相手が関係性を考えて
むしろ相手が望んで言ってる
ことだってあるしね。
そもそも
自分は相手に強制されて
褒める言葉を
言っているつもりは
なかったし
心から思ったときにも
もちろん言うし
「言わされている」なんて
1ミリも思ったことなかった。
だから、まさか相手にとって
褒めてくれていることは
強制になっているなんて
驚きだったし、信じ難かった。
そんな感じで
このセミナーでの
この強制的な謝罪ワークには
嫌悪感しか抱けず
実施できなかったんだよね。
そうすると
めちゃめちゃ
日常生活に支障が出た。
元々他者を気にする
自信のなさから
セミナーに行ったもんだから
私は相手に
言わせているのか?
という視点が抜けなくなり
コミュニケーションが
恐ろしくなってしまった。
むしろ言いたいことは
すべて飲み込んだほうが
良いのか?
という、最悪なパターンに
突入してしまった。
今思えば
変な信じ方してたな。
自分の思考はすべて現実化する
なんて、思考の習慣の話で
思考の変え方のことなのに
こう思ったから
こういう嫌な出来事が起きたんだ
自分はこういう思考しかできないんだ
思考するのが怖い
という謎の思考癖ができてしまった。
今まで
自分が考えたことは
悪い方向に行くなんて
微塵も思わなかったのにね。
自分責めを
一層するような
思考回路にしてしまって
いたんだな、
といまごろ気づく。
他者(セミナー講師)の言うことが
本当だと信じて疑わないように
しないといけないと思って
そんな思考回路を作り上げたんだろうな。
他者を信じなきゃと
思い過ぎて
自分は自分だと信じて
あげられなかったな。
こんな苦しみを
味わって
思ったのは、
やっぱり
自分は自分でいいんじゃないか?
ってこと。
他者が言ったことは
全てじゃないし
結局は
自分がどうするか
なんだよね。
ああ
痛い人生授業だったな…
身近な人ほど
分かってくれないし
信用できないってことも
学んだな…
少しずつ
ショック状態から
冷静に
なってきたのかな
はやく
立ち直りたい