同じことしてた | 自分を認める旅路

自分を認める旅路

自分に自信が持てず苦しんできた経験から、心理カウンセラーを目指していました。
しかし美容外科で注射失敗により、現在ココロ崩壊中…。自分を建て直す旅路を模索中なブログです。

こんにちは、もじもじです。

本当に、自分って自分のことに甘いですよね。
客観的視点が持てないと、自分のことを本当の意味で捉えないんだなって。

私は本当に自分に甘すぎた。
甘すぎるから、守ろうとする力が強すぎてネガティブ思考拗らせてるんだなって実感した…。汗

自分が傷つかないために全否定することは、防衛本能のひとつ。
さらに、本当は認めてもらいたいけど自分でそれができないから、誰かに自分の気持ちを代弁してもらいたいという幼いココロ。

以前、潜在意識セミナーの講師が、でもだってどうせしか言わない私に呆れて突き放した出来事を書きましたが、最近似たようなことが起きました。
今度は立場が逆で。

空気の読めないマイペース人間にとって、周りの空気を読むことって、努力しても無理な部分がどうしても出てくるんですよね。正解がわからないから常に緊張していて、流れに乗るには自分をほぼ殺すしかないし、基本的に空気を読むという行為が最大のストレスになる。

仕事などの集団にいると、空気が読めない=出来ない、ということを意識し続けるので、常に劣等感に苛まれる。
評価されるから、必死に努力して少しでも「出来る」と思うようにして生き続けないと苦しい。
だから集団でいるだけで疲れるし、生きてるだけで苦しいんですよね。だから個人の時間が大切になる。

そういうマイペースな自分と似た同僚が、先輩方に指導という名の評価をもらうことで、より卑屈になっていき、どうせ自分は何やってもダメだ、と思うようになってしまったんです。

私は、そういう苦しい気持ちがわかる分、少しでも楽になると良いなと思って、話を聞いてたんですけど、常にでもだってどうせしか出てこなくて、少しでも良い部分を伝えても、それも全力全否定して自虐し、段々と聴いてる方が疲れてきたんです。そして、最後にはもう辛いのでこの話はやめましょう!と逆ギレされ、私が聞いたから辛くなったと言われる始末…。突き放した訳じゃないんだけど、おそらく何となく疲れが伝わってしまったのでしょうね…。

ああ…。
そこでようやく、私も同じことしてたんだなーって腑に落ちたんです。その講師もウンザリしてたんだよね、って。そして、聞いてもらおう、もしくは聞いてもらいたいなんてのは、自分のエゴだったんだなーって。

ただひたすらに、その人を良くしたいという自分勝手な思い込みだったって、気づけました。

本当にその人の苦しみを分かろうとするなら、その人を変えようとしない。
変えてあげたい、と思うのは自分のエゴであって、相手の望みじゃないんですよね。
変わりたいと思う相手の行動変容を見守ることが、本当の意味での支えなんじゃないかなって。

その人が変えようとしない限り、変わらない。
だから、その変えようとすることを、こちらが見守るしかないんですよね。
ただその整理をするだけ。
でもだってどうせしかずっと続かない場合、それを聞いて欲しい。ただひたすらに自分は辛い、悲劇の主人公なんだ、ということをまずは聞いて欲しいだけなんですよね。

そして、もう一つ分かったのは、自分が幸福でないとそんなこと聞く余裕なんて全くない、ということ。
私は、ようやく少しずつ前を向こうと頑張ってますが、昔のように流せる余裕がないため、かえって、全力全否定をされてこちらが疲弊した。

人の話を聞けるのって、自分が幸福であるからこそ受け入れることができるんじゃないかな。

自分が幸福で満たされていないと、相手のことを本当に心配する余裕なんてない。

だから、自分に自信持って、自分自身を幸せにしないと物事はうまくいかないって理由が本当の意味で分かった気がしました。

同僚と講師のおかげで、それに気づけた。

自分を幸せにできないと、周りも幸せになんてできない。
周りが幸せになる人って、たぶんその人自身が幸せを感じているから。

どんだけ自分は幸せだったんだろう…。
今思えば、自分の幸せに気づかず、もっともっと、と強欲さがあったんだと反省。
もっと、自分の幸せを大きなものじゃなく小さなもので良いから認めて満足しないといけない理由がようやくわかってきた。

いろんなことに気づかされ、反省する一日だったな…。