結局は、分かってほしい | 自分を認める旅路

自分を認める旅路

自分に自信が持てず苦しんできた経験から、心理カウンセラーを目指していました。
しかし美容外科で注射失敗により、現在ココロ崩壊中…。自分を建て直す旅路を模索中なブログです。

こんにちは、もじもじです。

人は、結局は「誰か」に自分を分かって欲しいものなんだよね。

それって、おかしいことなの?
全然おかしくないよ。
それがむしろ普通だし、当然なんじゃないかな。

人は世界に1人だけだったら、きっとそんなこと悩まない。
でも、この世界は1人で成り立ってない。
だからこそ人と人は出会って良くも悪くも成長するし、他者からの承認を欲しがるのは普通の事なんじゃないのかな。
他者がいるからこそ、認めてもらえたという喜びもあると思う。

でもね。
それと同時に、実はこの「誰か」って、自分も含まれるってことなんだよね。

他者がいる世界だからこそ、他者との違いがある。他者と自分の気持ちは違う。
だからこそ、まずはどんな自分の気持ちでも、自分の大切な思いだって、自分自身で認めて分かってあげることが大切なんだよね。

それが自分でできない場合に、他者に分かってもらおうとする気持ちが大きくなってしまう。自分だけでは満たせないから。

また、無意識のうちに、他者との比較を刷り込まれてしまって、自分よりも他者軸になっていってしまう。自分で認めるよりも他者に認めてもらえないと自分を認められなくなる。

私は以前受けた潜在意識セミナーで、なかなか変われず悪化してむしろもっとネガティブになってしまって、なかなかそれを認められなかった時に、講師に「そのままネガティブでいますか?それをやめますか?を決めるだけですよ。いつまでもそれを続けたいならどうぞ。」と呆れて突き放された事がある。

本気でやめたくないんですね、と言われても、そうじゃないんだよね。やめたいのにやめられないから苦しんでる。苦しいから、より見ないようになってしまってそれが渦中の自分には分からない。だから苦しい気持ちを分かってもらいたかったし、自分で出来ないからこそ救ってほしかった。

私は講師に突き放されて、その時は変われない自分が悪いと言われた気がしたし、なんでこんなに苦しいのにその苦しみを全く認めてくれないの?!って内心ではとても怒ってたし、悲しかった。

でも今なら、自分がその時に思っていた気持ちをただただ講師に認めて欲しかったんだな、ということと、自分が自分を認められなかった癖に、言わなくても分かってほしい!と逆ギレよろしく他者のせいにしていたという事も理解できる。

やっぱり、人間ってどんな思いでも認めて欲しいんだよね。なのに、ドンピシャな思いを分かってもらえないと燻る。
なんと面倒くさいことか。^^;笑

でもね面白いことに、そんな面倒くさい本当に思っている気持ちを分かってもらえたと感じた時、心のわだかまりはなくなるんだよね。

そんな細かい思いは、自分にしか分からないのに、自分の気持ちを見失うことに慣れていると、全く気づけない。
だから他者に分かってもらおうとする。
知らぬ間にこのループに入ってしまうと、世界は苦しくなる。

潜在意識についても、全く同じこと言える。
今まで必死で守ってきた「ネガティブ鎧」をいきなり否定したら、それは潜在意識も必死に抵抗するよね。

まずは、良いか悪いかじゃなくて、認めるところから始める。
このホントの意味が分かってきたよ。
存在自体を認める。

結局は、どんな気持ちも、どんな自分も。
どんな「存在自体」でも認めて分かって欲しい。

それって、大切な思いなんだ。
どんな思いでも大切な自分なんだ。