この涙は「愛」としか言いようがない | 地に足のついた大人の夢の叶え方

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    幸せは自分の中から引き出す♪

こんにちは。

ひろこです♪

 

 

 

 

昨年の今日、

日付が変わって間もなく

父が他界しました。

 

 

 

 

 

正直、

父のことに関してだけは

時間の感覚がつかめません。

 

 

たぶん、もう1年・・・?と

感じるんだろうなと思っていましたが、

「もう」とか「まだ」とか

そういう感覚はまるでなくて。

 

 

 

 

 

1年間、

このブログでも他のSNSでも

父のことは語りませんでした。

 

 

なので

リアルで繋がっているお友達でも

知らない人がいるくらいです。

 

 

 

 

 

私と父との関係は最悪でした。

 

私は子どもの頃から父が大嫌いで。

 

自分勝手でわがままで、自己中心的

でも実は臆病で気の小さい人でした。

 

 

人の気持ちがわからない、

わかろうともしない人でした。

 

 

もっとも外ではそんなふうに見せず

面倒見のいい親分肌・・・

みたいに思われていたようでした。

 

 

 

 

 

本当に本当に大嫌いだったけど

なぜか1年経った今でも

ただただ父を想って涙が出ます。

 

 

 

これは

父がいない寂しさとか

亡くなったことへの悲しみとか

どうもそういう気持ちとは違って、

 

後悔とか悔しさとか

そういう気持ちとも違うんです。

 

 

 

 

では、何か?

どんな想いが涙になるのか?

 

 

 

 

私がたどり着いた答えは

『愛』 なんです。

 

 

おかしな話ですが

そうとしか言いようがない。

 

 

 

 

父は亡くなる2年ほど前、

転んで頭を打ち、

硬膜下血腫で、2度の手術を経て

家で療養しましたが、

認知症の症状が出始めて

私と母はそれはそれは大変でした。

 

 

ただでさえわがままな父が、

更にわがままになっていって。

 

 

昨年2月には

母が介護の疲れから

腰椎を圧迫骨折し、入院。

 

 

 

その間私は

デイケアやショートステイを頼りながら

ひとりで父をケアしました。

 

それは濃密な時間でした。

 

 

とても言葉では表せない時間でした。

 

 

 

でも、

不思議なことにあの頃の私は

父が嫌いとか、そんなこと

考えてる暇もなかったんですよね。

 

 

 

 

むしろ

あんなにワンマンだった父が

どんどん弱くなる姿を見て

寂しささえ感じ始めていました。

 

 

 

 

父も

私を頼っていました。

 

そりゃそうです。

私しかいないんだから。

 

 

 

母が退院してからも

父は母よりも私の言うことを

聞くようになっていました。

 

 

 

父が夜中も眠らないので、

睡眠時間が3時間に満たないまま

私は何日も出勤しました。

 

 

でも

一日中一緒にいる母の方が

私よりずっと大変だったはずです。

 

 

デイサービスなどを使っていましたが

私と母の疲労は慢性的でした。

 

 

 

 

 

毎日毎日毎日

今日は何を食べさせようかと

そればかり考えていました。

 

 

スーパーの中を

「柔らかいもの、消化がいいもの」と

ブツブツ言いながら歩き回り、

 

着替えなどは多少時間がかかっても

出来ることは自分でやるよう

子ども相手のように

父を褒めたり励ましたりもして。

 

 

 

 

いよいよ父の具合が悪くなり、

 

でも

既にコロナウィルスの混乱は

始まっていたので

私も母も父を入院させることを

選びませんでした。

 

 

正直

入院先で父がDr.や看護師さん、

周りの方にご迷惑をかけるのが

とても忍びなかったんです。


 

でも本当は

入院したら家族にさえ会えず、

父が寂しさに耐えられないだろうと

私も母も同じ想いでした。

 

 

だから

在宅で介護することを決めました。

 

 

 

と言っても、

介護用のベッドに寝て

10日で父は他界しました。

 

 

 

そして

その介護ベッドの上で

父は「ありがとう」と

それまでの人生で言わなかった言葉を

何度も何度も言って手を合わせました。

 

 

 

 

 

声が出なくっても

言おうとするのがわかりました。

手が動かせなくなるほど弱っても

手を上げて合わせようとしました。

 

その度に私は

「わかってるからいいよ」と声をかけ

目の裏側に涙を送り込みました。

 

 

 

 

この1年、

何度も何度も何度も

ただ父を想うだけで涙があふれて

自分でも不思議でした。

 

 

今もどうしようもなく涙が流れます。

 

 

 

 

あんなに大嫌いだった父を

憎んでさえいた父を

懸命に支えた自分が

本当に不思議で仕方ないんだけれど

 

なぜと訊かれたら、それはもう

ただ「愛だった」としか答えられない。

 

 

 

 

 

今も

なぜ自分が泣いているのか

よくわからないけれど、

言葉にするとしたらやっぱり

『愛』 としか答えられない。

 

 

 

 

人はたくさんの人と出逢い、別れ、

関係性を変化させながら

人生を創っていくけれど、

 

私の場合、

イチバン身近な父との関係の変化が

大きな学びになったと言えそうです。

 

 

 

 

こんなふうにブログで

父に対する愛を綴ることになるとは

想像すら出来なかったことです。

 

 

そして、こうして気持ちを

書き表すことが出来て

本当によかったです。

 

 

未来はわからないものですね。

 

 

 

 

一瞬、一瞬の選択が

幸せに結びつき、

 

その幸せは

次の瞬間、次の選択に繋がり

巡っていきます。

 

 

 

その時のベストを選択できることは

間違いなく幸せなことだと思います。

 

 

 

 

父への愛がただただ涙になることも

いまの私にとっては幸せだと感じます。

 

涙になることに、感謝を感じます。

 

 

 

 

 

あなたの今日が

ベストな選択で始まり、

ベストな選択で終わるよう

祈っています♪