氣なんて信じない。氣は良く解らない。ひどい人は怖い、とかいう方がいます。
いつの間にかそんな風に思われ、
目に見えるもの、
科学や理屈で証明できるものだけが、実際には、存在すると思われがちですが、
そんな閉鎖的な考えが多いのは日本人くらいなんですよ、
ですが、 生まれてから無意識にしてしまう事がありますね、
辛いところや、痛いところに、つい手を当ててしまう。
それに対しても、痛みに対して行う自然反射、緩和反応だと、私も医療学生の時に習いましたが、
では、なぜ楽になるのか?
またそれに対しても理屈をつけて、
自律神経が、辛いときは交感神経が上がっているから、
手を当てることで、体表温度が上がり、リラックスして副交感神経に傾くため、」症状が落ち着くなどと、
まあ、理屈を言ったらきりがないでしょう。
では、その先を説明しろとなっていくと、必ず答えが出にくくなり、
今の科学では証明できないとか、
そういうもんだとかで、終わってしまうのです。
そう、そういう物なのです。
理屈や科学で証明しなくても起こることは起こるのです。
説明なんか理屈なんかは、本当はいらないのです。
そんな細かいことを言い続けているのも、日本人に多い、悲しい民族性です。
我々には目に見える皮膚、筋肉、骨格、血管、神経、内臓器の働きすべて、想念も含みます。
氣によってバランスが保たれています。
良くするも、悪くするも、自分次第なのです。
解らなくてもいい、信じなくてもいいんです。
でも医療活動を続けていると、人によって回復が違う、
治りにくい症状がなぜか、早く治る。
逆に軽傷なのになぜかなかなか治らない、
延命、奇跡なんてよくあります。
にんげんが
人間を調べている以上、謎があって当たり前です。
理屈じゃなく、感性を働かせる時代です。
見るんじゃない、感じること。
見えないんじゃない、見ようとすること、
そんな、理屈から脱却すると、驚くことばかりなのです。
でも驚きも実は、当たり前のことで、
不思議じゃないのです。
なぜなら、先人は昔から知っていたことで、
私たちは見えないから、見ようとしなかっただけなんだと感じます。
こんな考えは、患者さんを一生懸命に治してあげたいという気持ちから、
患者さんに教わりました。
そう、シンプルなんです。