今日、知人からのメールに、思うことがありました。それは日常の身辺の出来事の一つなのでしょうが、私なりに
その方の気持ちに共感したことです。
知人はメダカを数匹飼育しています。メダカも当然ながら生き物ですので、産卵を繰り返し、種を残していくものです。
知人のメダカはもう何度も稚魚を育てていて、その度に生命の誕生と成長を報告してくれます。
私もそれを聞くたびに、共に嬉しく思うのです。
しかし今回の卵は無精卵だったそうです。そうなると通常より白っぽくなり、場合によってはカビが生えると聞きました。その事にも知人は深く悲しんでいましたが、以前飼っていた文鳥のことも同時に思い出したと言っていました。
その時の文鳥も今回のメダカ同様に無精卵だったと言うのです。ですが、文鳥はその無精卵の卵だと知らず
ただひたすら本能のままに温め続けたと言っていました。
その行動は鳥の専門家の方々から言わせれば大したことないと思われるでしょうが、私はその内容に深く心が痛み、考えさせられました。
人間は流産ともなれば産婦人科の診断により知ることができます。それも悲しいことですが、他の動物、生き物には卵が出てきたら、卵からかえるまで本能のままに母親の行動をとり続けるのですね、
私たちの普段何気なく、当たり前に食べている鶏から、鮭のイクラにしても、思いが詰まった卵、感動の中から、
生まれた卵として、食すに際し、深く感謝を込めていくものと、思ふ
人間にも他の動物に対しても、一つ言葉を述べさせて戴きます。
我が子を思い
生命の誕生に自身の体温さえも届かずも
母の気持ちは本能のまま
どの生きとし生けるものにも共通の思いなのであろう。
我が身を削り誕生した命。
どんな形にせよ我が子は我が子。
母としての気持ちは母しかわからず、深き愛がこもる。
それゆえ心痛さ伝わる。
以上