結論から言うと——
怒りが湧いてくるとき、

それは「相手が悪い」のではなく、
自分の中にある本音に気づくためのサインです。

 

…と書くとちょっとキレイごとっぽいんですが(笑)
でもこれ、わりと本質なんですよね。

 

 

誰かにイラッとするとき、

「こんなに我慢してるのに」
「こんなに頑張ってるのに」
「こんなにしてあげてるのに」

…って、心の中で“見えない請求書”発行してたりしません?(笑)

 

表面には「怒り」が出ているけれど、
その奥には、

「わかってほしい」
「認めてほしい」
「本当はこうしてほしかった」

そんな気持ちが隠れていることが多いんです。

 

 

僕自身も、昔はよくありました。

「こんなに考えてやってるのに、

 なんでわかってくれないんだろう」

って、心の中で完全に“正義のヒーロー”になっていたり(汗)

(当時ご迷惑をおかけした方、すみませんでしたm(_ _)m)

 

でも現実はというと、
相手からしたら「え、なんで怒ってるの?」みたいな温度差。

そりゃズレますよね…。

 

その場はなんとか抑えるんですが、
また似たような場面で、同じようにイラッとする。

 

そして気づけば、

「自分の方が正しい」
「自分の方がちゃんとしてる」

——ちょっと上から目線モード発動。。。。

 

で、なぜか孤独感が増していくという不思議。

いや、今考えると不思議でもなんでもないんですけどね(笑)

 

 

例えばこんな場面。

仕事で、相手のためを思って先回りして動いたのに、
特に何も言われなかったとき。

「普通、ありがとうくらい言うでしょ」
「こっちはこんなにやってるのに」

って思うやつです。

 

でもこれ、

「ありがとうって言ってほしい」とは一言も言ってないのに、
“察して当然でしょ”前提になってる状態なんですよね。

…そりゃ無理です(笑)

 

つまり、その怒りの正体は、

「わかってもらえなかった痛み」への反応です。

 

だからこそ大事なのは、
怒りを抑え込むことではなくて、

「この怒り、自分のどこからきてるんだろう?」
と、一歩内側を見る
こと。

 

なんで、こんなに頑張ってるんだろう?
なにを怖がってるんだろう?

本当はどうしてほしかった?
本当はどうしたかった?

 

こうやって見ていくと、

「あ、ただ寂しかっただけじゃん」
みたいな、ちょっと拍子抜けする本音が出てきたりします。

(これ、めちゃくちゃ大事なやつです)

 

目の前の問題って、実は「原因」じゃなくて、
気づくためのきっかけです。

 

 

だからもう一度、結論です。

怒りは、無理になくすべきものではありません。
むしろ、あなたの本音に気づくための、大切なサインです。

 

だから、ちょっとイラッとしたときは、
「あ、また通知きたわ」くらいに思って

少しだけ自分の内側を見てみる。

 

それが、自分を自由に、心も落ち着いていく第一歩になっていきますよ。

昔の僕はずっと
「選ばれるため」に頑張っていました。

 

嫌われないように
離れていかれないように

 

お客さんにも
会社の人にも
身近な人にも

 

気を遣い続けていました。

 

 

でも、それは優しさじゃなかった。

ただの「怖さ」でした。

 

嫌われるのが怖い
見放されるのが怖い

 

だから、今考えると・・・・
自分を差し出していただけでした。

 

 

確かにそれで
出世できたり


いい思いもしました。

 

 

でも、その裏では

キャパオーバーでも
頑張り続けるしかなかった。

 

 

そして、怖さから手に入れたものは
怖さでしか維持できません。

 

だから、そこから抜け出そうとして
頑張り続けるほど、ずっと苦しいままなんです。

 

頑張って手に入れたものは
頑張り続けないと失う。

 

 

だから、苦しいままなんです。

 

 

 

そして、その先にあったのは
うつでした。

 

 

 

「お客さんのために」も同じです。

 

恐怖からやると
それは「媚び」や「自己犠牲」になります。

 

大事なのは実は至ってシンプルです。

 

 

自分の気持ちも大事にしながら
相手のこともちゃんと考えて

 

「自分がやりたいことをやる」

 

 

これだけです。

 

 

 

自分を押し殺して提供したものは
どこかで歪みます。

 

でも、自分が満たされているときに出るものは
自然と相手も満たすのです。

 

 

仕事は

我慢して差し出すものではなく

喜びが循環するもの。

 

 

もし今、苦しいなら

それは

「自分を下げてないか?」というサインです。

 

 

頑張るのをやめたとき
嫌われないために動くのをやめたとき

最後に残るのは
「やりたいこと」だけ。

 

 

それが、あなたの価値なのです。

 

 

今日のひらっちのココロの処方箋は、、、

 

「選ばれるために生きるのを、やめてみる」

 

 

気を遣う優しさより、
今日は少しだけ、

自分のやりたいことを優先してあげてください。

 

大丈夫。

今からでも、いくらでもやり直せますから!

 

 

公認心理師・心理カウンセラー

平川 裕勝

 

SNSを見ていて、
「幸せです」とか
「お金が入ってきました」とかいう投稿に、
なんだかしんどくなることってありませんか?

こんにちは。

公認心理師・心理カウンセラーの平川 裕勝です。

 


最近、少しSNSから離れていて……
久しぶりに流れてくる投稿を見ていたら
ふと思ったんですけど、

SNSで「幸せです」とか
「お金が入ってきました」とか言っている人ほど、
実はそこに執着していることって
多いんじゃないかな?って。


もちろん、全部がそうとは限らないですよ。

でも、
本当に満たされているときって、

わざわざ
「幸せです」とか
「お金あります」とか、
あまり言わなかったりするんですよね。

僕たちが、
わざわざ「自分は人間です」とか、

お金持ちさんが

わざわざ「私はお金持ちです」とか

言わないのと同じで(笑)

人って当たり前になっているものって、
あえて言葉にしなくなるんです。


逆に言うと、
「幸せ」とか
「お金」とかを
何度も言いたくなるときって、

どこかでそれを
強く意識していたり、

それに強く囚われていたり、
執着してしまっているのかもしれません。

そして、
「自分にはそれが足りていない」
「これがない自分はダメなんじゃないか」
そんな気持ちが、
どこかにあるのかもしれないし、

誰かに賞賛されたり、
認めてもらうことで、
自分の中にある「足りない」を
埋めようとしているのかもしれません。
 

そう考えると、
もしかしたらその人も、
どこかでしんどさを抱えているのかもしれません。

 

だから、
SNSを見るときは、
投稿そのまんまを信じるというよりも、

「この人は今、
“人に幸せと思われたい”とか
“満たされているって思いたい”のかもしれないな」

くらいの目線で見てみると、
ちょっとラクになると思います(笑)

そんな裏側を考えずに、
表面だけを鵜呑みにして、

「うわ、あの人すごいな!」
「自分はダメだな……」
って比べてしまうと、

せっかくのあなたの幸せが
吹っ飛んでしまいますからね。

……っていうか、
そもそも他人と比べなくていいんですけどね(笑)

 

人それぞれ、
ペースもタイミングも理想も価値観も違うし、

見えている部分なんて、
その人のほんの一部でしかないですから。

だから、
SNSで見た「幸せ」や「お金」は、
話半分くらいでちょうどいい!

そのまま信じて羨んだり、

落ち込んだりのではなくて
「そういう世界もあるんだなー!以上!」
くらいで流して、

自分のペースで、
自分の感じる幸せを大事にできたら、
それで十分なんだと思います^ ^


今日のひらっちのココロの処方箋は、、、

「羨ましいって思ったときほど、
 一度立ち止まってみよう。

 あなたの幸せが、
 その人の幸せと同じとは限らないから。」

です!

 

「人に自慢するほどでもないけど、、、」

そのくらいの当たり前のことの中にある

幸せを見つけてあげて下さいね。

 

公認心理師

平川 裕勝

 

 

沖縄に行っても、高級ホテルとかじゃなく、
自然いっぱいの不便な離島でボーッと、

ゆっくり過ごすのが好きで幸せな感じです(笑)