あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。
「塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。
また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届します。
また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。
本日は「金石(きんせき)城」(長崎県対馬市厳原町)です。
城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください
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城内の「城郭建造物」は、復元「大手櫓門」が建ちます。城下には、元「藩主宗氏中屋敷・御隠居屋敷」から移築された「対馬振興局長屋門(氏江家)」、元「藩主宗氏中屋敷」の「中屋敷門」から移築された藩校「旧日新館門」などが建ちます。
復元「大手櫓門」 ↓
「対馬振興局長屋門(氏江家)」 ↓
藩校「旧日新館門」 ↓
「その他の城郭建造物」ですが、城下町内の至る所で「火切石」と呼ばれる「防火壁」が目に付きます。石を積上げた防火壁の上に白壁土塀や煉瓦塀が築かれている所もあります。
厳原では江戸時代に何度も大火に見舞われたことから、対馬藩は1841年以降「防火壁」をつくって延焼を防ごうとした遺構で、県の指定有形文化財に選定されています。
前述の「対馬振興局長屋門(氏江家)」や藩校「旧日新館門」の周囲にもその遺構が見られます。
城下各所で見られる「火切石」と呼ばれる「防火壁」 ↓
城下各所で見られる「火切石」と呼ばれる「防火壁」 ↓
城下各所で見られる「火切石」と呼ばれる「防火壁」 ↓
城下各所で見られる「火切石」と呼ばれる「防火壁」(白壁土塀が乗る) ↓
「防火壁」の刻名石(築造年月日が刻印-赤字の部分) ↓
「対馬振興局」周囲の武家屋敷白壁 ↓
「対馬振興局」周囲の武家屋敷白壁 ↓
「旧日新館門」 前の「防火壁」 ↓
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