あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしています。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

塀(城壁)」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

本日は「松山城(3)」(愛媛県松山市)です。「日本100名城」に指定されています。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内の「城郭建造物」は、現存重要文化財の櫓や門が12棟、復元の櫓や門は22棟あります。全て写真を掲載すると容量が足りなくなりますので、主な城郭建造物を最初に掲載しますが、その他のモノは「他の城郭建造物」と一緒に写っているモノがあれば後段で掲載したいと思います。
 
左から復元「小天守」、重文「一の門南櫓」、重文「天守」、重文「二の門南櫓」 ↓
手前は重文「戸無門」、奥が復元「太鼓櫓」 ↓
復元「筒井門」 ↓
重文「隠門」 ↓
復元「馬具櫓」 ↓
重文「野原櫓」 ↓
復元「二の丸多門櫓」 ↓
 
「他の城郭建造物」の大半が「城壁(塀)」で、今回は、「本壇(天守曲輪がある一段高い場所)以外」「本壇(天守曲輪がある一段高い場所)内」「二の丸」の3回に分けて紹介しています
 
「城壁(塀)」の内、現存で重要文化財に指定されているモノは、「仕切門内塀」「三ノ門東塀」「筋鉄門東塀」「二ノ門東塀」「一ノ門東塀」「紫竹門東塀」「紫竹門西塀」の7棟あるようです。
また復元のモノは、「天神櫓南塀」「天神櫓西折曲塀」「乾門西塀」「巽櫓西塀」「乾門東続櫓東折曲塀」「太鼓門西塀」の6棟と、「勝山」の中腹に築かれ復元されている「二の丸」跡にも数棟見られます。
それでは「他の城郭建造物(3)」は、勝山の中腹に築かれた「二の丸」のモノを見て行きます。
 
「二の丸案内絵図」(赤丸は下記掲載の「城壁」の位置) ↓
 
まず「南門」から西側にかけて延びる「下見板張り」の「土塀」、次に東側に建つ復元「多門櫓」から北側に延びる「下見板張り」の「土塀」は、「二の丸」の南西部分を管理します。
 
「南門」から西側にかけて延びる「下見板張り」の「城壁土塀」 ↓
 
曲輪内側を見ると、白壁に木枠を付けた「狭間」が施され、壁には斜めに木と石による「控柱」で支えを行っています。
 
曲輪側(内側)の「城壁土塀」は白壁に「狭間」が施され、木と石による「控柱」で支える ↓
 
また「井戸」を挟み「奥御殿跡流水園」との境界には白壁に木の柱が見える型式の「白壁塀」で、外壁とは異なる「土塀」が見られます。
 
左の白壁に木の柱を施した壁の奥には「奥御殿跡流水園」 (右は外壁) ↓
 
続いて、北面の「北門(四脚御門)」を挟んで「奥門」まで東方向へ真直ぐに延びる「下見板張り」の「土塀」が見られます。曲輪側は、前述の白壁で同様の「控柱」で支えますが、北側は山に面しているため「狭間」は施されていません。
 
「奥門」まで延びる「下見板張り」の「城壁土塀」 ↓
北側の「下見板張り」の「城壁土塀」(奥は「表御殿」跡を望む) ↓
「北門(四脚御門)」方向の北面の「城壁土塀」裏側(白壁に控柱) ↓
「奥門」に繋がる「城壁土塀」の曲輪側 ↓
 
 
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