あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。
「塀」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。
また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。
また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。
本日は「松代城」(長野県長野市松代)です。「日本100名城」に選定されています。
城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください
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城内の城郭建造物は、色々と復元されています。
それは、本丸南側の本丸大手の場所に「櫓門」と「高麗門」で形成する「内枡形」の2004年に復元した「太鼓門(厳密には高麗門は「橋詰門」と呼ぶ)と、北側の搦手に当たる場所には「櫓門」と「高麗門」で形成する「外枡形」の復元「北不明門」が建ちます。
復元「太鼓門」 ↓
復元「北不明門」 ↓
そして今回の「その他城郭建造物」は、この各々の枡形を形成する「土塀」と内堀に架かる「橋」を紹介します。
現在の縄張り図(赤丸は、下記掲載の土塀、橋の場所) ↓
まず、「太鼓門」の「内桝形」を形成し前面と後方に建つ「土塀」ですが、屋根は「太鼓門」と同様のサワラ材を重ねた「栩(とち)葺」で、表から見ると「下見板張り」部分がかなり上部までありますが、桝形内から見ると白壁に柱を見せ、木枠の狭間と支えの「控柱」が目立ちます。
また、「本丸」跡の東側の「東不明門」は復元されていませんが、その東内堀に架かる「東不明門前橋」も木橋で復元されています。
木橋で復元の「東不明門前橋」 ↓
木橋で復元の「東不明門前橋」 ↓
それから、江戸時代には主郭南側にあった「三の丸」「三の堀」の南越しに1864年に建てられた「真田邸(新御殿)」が現在も建っていますが、その「表門」「南長屋」から続く白壁の「長塀」が見られ、城下町の雰囲気を醸し出しています。
当時の縄張り図CG(赤丸は、下記掲載の土塀の場所) ↓
「真田邸」の白壁「土塀」 ↓
「真田邸」の白壁「土塀」 ↓
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