あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

 

本日は「山形城」(山形県山形市霞城町)です。「日本100名城」に選定されています。

                

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

城内には、「橋」「土塀」が復元されています。
 
城内案内図(赤丸は下記記載の「橋」「土塀」の位置) ↓
 
まず城内の「橋」ですが、当城のモニュメント的建造物である「二の丸東大手門」前に堀を跨いで架かる復元「東大手橋」があります。宝珠柱を建てた木橋の「方杖桁橋」と呼ばれる型式で、当時も現在のような規模で架かっていたと思います。1991年に「東大手門」と共に復元されました。
 
復元「東大手橋」(後方は「東大手門高麗門」) ↓
復元「東大手橋」(後方は「東大手門高麗門」) ↓
 
次に、「二の丸」から「本丸」に渡り「本丸堀」に掛かる復元「本丸一文字門大手橋」です。こちらは「本丸一文字門」の手前「高麗門」に入っていく橋で、現在も「本丸一文字門渡櫓門」の復元事業が進められています。
 
当橋は、発掘調査や古絵図などを基に伝統的技法で、2005年に完成しました。橋には宝珠柱が付き橋桁が組まれています。
 
復元「本丸一文字門大手橋」と復元「本丸一文字門高麗門」 ↓
復元「本丸一文字門大手橋」
 
城内の「土塀」ですが、「本丸一文字門」の方から見ていきますと、当門の枡形を構成する「土塀」として復元が行われています。「白漆喰」で瓦を乗せ、壁には等間隔に「狭間」が施されています。
 
「本丸一文字門」の枡形を構成する「土塀」 ↓
「本丸一文字門」の枡形を構成する「土塀」 ↓
 
次に、最初に戻りますが、「二の丸東大手門」の「高麗門」と「渡櫓門」によって枡形を構成する為の「土塀」が復元され、「白漆喰」で瓦葺きです。ただ、ここの「土塀」には一切「狭間」がありません。
 
「二の丸東大手門高麗門」に繋がる「土塀」 ↓
「二の丸東大手門」の枡形内から見る枡形を構成する「土塀」 ↓
「二の丸東大手門」を構成する「土塀」 ↓
「二の丸東大手門」を構成する「土塀」 (「控柱」で支える)↓
 
 
 

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