先日まで見てきた「城門」(櫓門も含む)には、門からの出入りを監視する「番所」を併設しているモノも見られましたが、お城や陣屋を構成する「城郭建造物」には、独立して建てられた「番所」というモノもあります。

 

今回のシリーズでは、各お城にある「番所」(全国「番所」を巡るシリーズ)を紹介しています。お城内外への人の出入りや、各曲輪間や建物間の出入りを監視、管理する「番所」も重要な役割を担う「城郭建造物」です。

 

「番所」には、そこに詰める武士や中間(今でいうガードマン)が滞在できる単独の建物もあれば、前述のように「城門(櫓門)」に併設した部屋になっているモノもあります。

 

このシリーズでは、単独の「番所」建物を中心に、既に紹介はしていますが「城門(櫓門)」に併設されている「番所」も含めて、現存、復元、復興、模擬のモノをできる限り紹介していきたいと思います。


今回は、「三日月陣屋」(兵庫県佐用郡作用町)の「番所」をお届けします。

 

「本能寺の変」で討ち死にした「森蘭丸」と同じ祖先を持った名門「森家」の「森長俊」が、15,000石で分地され「津山藩」の支藩「津山新田藩」を経て「三日月藩」へ転封され、1700年に「三日月(乃井野)」の地に陣屋を築きました。

 

「陣屋」というものの城域は広く、城外から城内へは「大手門」に相当する「表御門」を含め東西に5か所の門を構えて、「表御門」両脇には堀代用の池を設けていました。

 

当時の陣屋絵図(赤丸は下記「番所」がある位置、現地に掲出) ↓

 

 

 

「表御門」の中央から右手にかけての段々上には武家屋敷群が広がり、更には現在復元されている建造物群が後背に控える「御殿」群を守備するような陣容になっています。

 

水堀を渡る木橋を越えると二重櫓門「中御門」が構え、両脇からは「多門櫓」が挟み込んでいますが、向かって左側には板庇付きの「出格子窓」が設けられていてその中に「番所」機能があったものと思われます。

 

復元「中御門」左側に板庇付きの「出格子窓」が設けられ中は「番所」機能? ↓

 

また、右(東)側の多門櫓に続いて「通用御門」が木橋を渡って建っていますが、その右側にも前述と同様の板庇付きの「出格子窓」が設けられていているので、ここにも「番所」機能があったものと思われます。

 

復元「通用御門」右側に板庇付きの「出格子窓」が設けられ中は「番所」機能? ↓

復元「中御門」と「通用御門」 ↓

復元「中御門」と「通用御門」(裏側から) ↓

 

 

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