先日まで見てきた「城門」(櫓門も含む)には、門からの出入りを監視する「番所」を併設しているモノも見られましたが、お城や陣屋を構成する「城郭建造物」には、独立して建てられた「番所」というモノもあります。
今回のシリーズでは、各お城にある「番所」(全国「番所」を巡るシリーズ)を紹介しています。お城内外への人の出入りや、各曲輪間や建物間の出入りを監視、管理する「番所」も重要な役割を担う「城郭建造物」です。
「番所」には、そこに詰める武士や中間(今でいうガードマン)が滞在できる単独の建物もあれば、前述のように「城門(櫓門)」に併設した部屋になっているモノもあります。
このシリーズでは、単独の「番所」建物を中心に、既に紹介はしていますが「城門(櫓門)」に併設されている「番所」も含めて、現存、復元、復興、模擬のモノをできる限り紹介していきたいと思います。
今回は、「二条城」(京都府京都市中京区)の「番所」をお届けします。「日本100名城」に指定されています。
1603年に「徳川家康」が天下普請で現在の「二の丸」部分を完成させ、「家康」の征夷大将軍の祝賀等一連の儀式が行われました。この祝いの儀では本営として使用されました。式は、二代将軍「秀忠」、三代将軍「家光」まで引き継がれました。
天守は1606年に完成させ、「大坂冬の陣」の本営として使用されました。1619年には、「秀忠」の娘「和子(まさこ)」が「後水尾天皇」に嫁入りする前に入る宿館として使用する為に、大規模改修を行いました。
更に1626年、三代将軍「家光」の時に、「後水尾天皇」による「行幸」を受け入れる為に、西側に増築して現在の「本丸」が造られ、天守台には「伏見城」の天守が移築されました。
1634年には、「家光」は朝廷や西国大名に対する威嚇的なデモンストレーションで30万人の大軍を率いて入城しましたが、その後、4代将軍「家綱」から約230年間、城主不在のお城で「二条城代」から「二条在番」制となり江戸からの交替武士が管理しました。
1720年には落雷で「天守」を焼失、更に火事で「本丸御殿」や「隅櫓」も焼失、地震で櫓や門や一部御殿も倒壊などがあり、それらは再築することなく幕末に至ります。
1862年に14代将軍「家茂(いえもち)」が、約230年ぶりの上洛を果たしますが、それに備えた「二の丸御殿」の修復と本丸には「仮御殿」が建てられました。
15代将軍「慶喜」は、1867年9月に「二条城」に入城しますが、10月には二の丸御殿の「大広間」で「大政奉還」を行い、政権を朝廷に返上しました。その後12月までの間は、当城の「本丸」に建てられた「本丸仮御殿」に居住していたようです。
「二条城」の立地と縄張りですが、 「輪郭式平城」で、「家康」の建築当時は現在の「二の丸」が「本丸」で単郭でしたが、「秀忠」「家光」の時に複郭となります。当初の「本丸」(現在の「二の丸」)は、現在の東半分しかなく望楼型「天守」が北西隅に御所を見下ろすように建っていたようです。
そして現在の「本丸」は西側に増築され、「内堀」を隔てて周囲を「二の丸」で取り囲まれています。「本丸」への東出入口は「本丸東櫓門」で、「二の丸溜蔵」間とは「廊下橋」で連結し、西側は「本丸西虎口」からの出入りになっていました。
「城内絵図」(赤丸は下記に記載の「番所」がある建物の位置) ↓
当城の「番所」は、「東大手門」を潜るとすぐわかる右側にデンと構えています。城内には9棟の番所があったそうですが、現存しているのはこの番所のみ、1663年築で重要文化財に指定されています。
正面十間(約20m)、奥行三間(約6m)の細長い建物で、屋根は「主屋」部分は「切妻造り」の「本瓦葺き」で、見張り・警固のために前面には「桟瓦葺き」の「庇」が延びています。外壁は柱が見える「真壁造り」で裏側から見ると良く判ります。
中は座敷になっていて、幕府から派遣された「二条在番」と呼ばれる武士たちが宿直・警備していました。城内には二組が常駐していて一つの組は五十人で構成されていたようです。
「番所」(重文) ↓
「番所」(重文) ↓
「番所」(重文、庇が前方に出る) ↓
「番所」(重文、庇が前方に出る) ↓
「番所」(重文、屋根は切妻造り) ↓
「番所」(重文、裏側の外壁は「真壁造り」) ↓
「二の丸」から出て「本丸櫓門」へ向かわずに左手の壁に沿って南側へ進んだ先に建つ長屋門形式の「桃山門」(重文)にも付随する「番所」スペースがあります。
「桃山門」は、「御水尾天皇」行幸時には大きな門でしたが、その後改築され、扉わきには警備兵の番所と控室があります。
「桃山門」(重文)に付随する「番所」(竪格子窓が見えます) ↓
「桃山門」(重文) ↓
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