天下普請のお城、本日は二条城にしましょう。
二条城は、江戸時代の前半と後半において、歴史の大きなうねり
の中で、舞台に登場します。
まずは、
①徳川家康が征夷大将軍となったことで祝賀が行われた場所
②家康が豊臣秀頼と会見して豊臣家を滅ぼそうと決意した場所
③徳川家光が家康の孫娘であり妹である和子と結婚する
後水尾天皇を迎えた場所
④徳川慶喜が大名を集めて大政奉還を宣言した場所
でもありました。
現在は、姫路城とともに世界遺産に登録されているお城であり、
現存お城の中で4城しか現存御殿はありませんが、二条城
二の丸御殿は唯一の国宝御殿に指定され、玄関・車寄から
遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間、黒書院、白書院、お清所と
台所などが残ります。
国宝二の丸御殿
大広間には、大政奉還のシーンを人形で再現していますが、
もっと大勢の大名達が大広間の上段の間から三の間辺りまで
詰めていたことでしょう。
大広間の上段の間は、書院造りですので、正面に向かって
左側から付書院、床の間、違い棚、帳台構えが並んでいて、
将軍が座る真上は、二重折上格天井という格式の高い天井
になっています。
御殿だけでなく、東大手門、北大手門、東南隅櫓、西南隅櫓、
唐門、西門、北仕切門、南仕切門、本丸櫓門、鳴子門、桃山門、
土蔵、番所、築地塀の現存城郭建築物が多数残っていて
重要文化財の建物も多いので見応えがあります。
東大手門(重文)
東南隅櫓(重文)
二の丸唐門(重文)
仕切門(重文)
本丸櫓門(重文)
鳴子門(重文)
桃山門(重文)
土蔵(米蔵、重文)
築地塀(重文)
本丸には、本来の本丸御殿ではなくて、明治26年に京都御所
にあった旧桂宮邸を移築したものですが、公家御殿として貴重な
現存建物となっていますし、剥くり屋根を持つ品のある建物で
あります。
本丸御殿-旧桂宮邸(重文)
その東南端には天守台が聳え立っています。元々二条城に
あった天守は淀城に移築されて、廃城にした伏見城の天守
の方が、格式も高く立派であったので、ここへ移築されたようです。
その後、1750年に落雷による焼失した後は再建されていません。
天守台
最初は、伏見城の天守を淀城に移築し、淀城の天守を二条城へ
移築する予定だったようですが予定変更されて、上記のように
なったようです。
また、東大手門や2つの隅櫓も、廃城となった伏見城から移築
再利用されたのではないかと言われており、天下普請に貢献
したのではないでしょうか。













