関ケ原の戦い後は、「徳川方による天下普請の築城ブーム」対「豊臣シンパによる

築城ブーム」があったのでしょうかねー

 

昨日は、天下普請のお城をピックアップしましたので、本日はその中から、篠山城

を紹介。(兵庫県篠山市)

 

(復元大書院)

 

篠山城は、名古屋城とほぼ相似形の輪郭式の縄張りをしていると言われています。

やはり、同時期に天下普請で藤堂高虎によって縄張りされたからなんでしょう。

普請総奉行は池田輝政だったようです。

 

(縄張りは、名古屋城にそっくり)

 

そして、三つの角馬出しを備えていて、大坂城に最も近いことから対豊臣を意識した

戦闘モード満載のお城だったようです。但し、現在天守台はありますが、天守閣が

あったのかどうかは不明、櫓は本丸と二の丸の各隅に隅櫓が置かれ、三層櫓が一つ

と太鼓櫓や多門櫓で守られていたようですが、当時は出兵用としてのお城のようで、

特に、南馬出しと東馬出しは、現在でもよく残っています。

 

(本丸天守台石垣)

(東馬出し)

(南馬出し)

江戸時代には、大書院が本丸中央にデ-ンと横たわっており、昭和の初めまで存在

していましたが、昭和19年の失火で焼失してしまい、非常にもったいないことを

しました。

しかし、平成12年に、古写真などに基づいて木造復元で再築されたことは、嬉しい

限りです。

(復元大書院)

(大書院の上之間)

(大書院の中之間)