お城巡り一人旅報告は、昨日に続き3日目の後編です。

 

 

JR東海道本線の浜松駅で下車しました。20年前、名古屋勤務時の休みの日に浜松城を見に来て以来でしたので、駅前の変わりようにビックリ!

 

さすが、静岡県第一の都市で、政令指定都市の約80万人を擁する街だと思いました。

 

まずは、「浜松城」の歴史と藩主に触れておきます。

 

「浜松城」の前身は「曳馬城」で、城内に包含されていて、現在の「東照宮」辺りです。

 

「徳川家康」が1570年に入城以降は「浜松城」と改称し、「堀尾家」が城主の時にはお城の整備拡張が行われました。関ヶ原の戦い以降は譜代大名の居城となり、「桜井松平家」「水野家」「高力家」「大給松平家」「太田家」「青山家」「本庄松平家」「大河内松平家」「井上家」等が5万石前後で入城して、城主は目まぐるしく替わり定着しませんでした。

 

ただ、当城主の多くが、江戸幕府の「老中」等の重役に抜擢され、「出世城」とも言われました。特に有名なのは、19世紀の初めに「天保の改革」を推進した「水野忠邦」で、彼は老中に成りたくて、敢えて収入の良い「唐津城」から当城への転封を希望して城主となりました。

 

さて、駅からは浜松城地図をコピーしてきたので、それを手にして、横浜市役所がある二の丸跡を目指して徒歩で行きました。

 

市役所の南側には、道路を挟んで市立図書館がある場所が出丸跡で石垣で囲われた所ですぐにわかりました。

 

出丸跡(現 市立図書館)

 

市役所の南側には、三方ヶ原合戦から帰ってきた徳川家康が、鎧を脱いで休憩したと言われている「鎧掛松」が植わっていますが、この松は三代目とのことです。

 

「徳川家康」の三代目「鎧掛松」

 

その脇からのお城と最近復元された天守櫓門の姿が臨めますが、あまり写真では見られないアングルです。

 

「鎧掛松」からの「天守」(南側から)

 

清水曲輪の中を通り抜け「本丸」跡の広場に出ますと、若かりし頃の「徳川家康」像が立っています。

 

「本丸」跡を見下ろす

若かりし頃の「徳川家康」像

「浜松城模型」(天守内に展示)

 

天守曲輪に着くと、一見して古いなーと感じる石垣がむき出しで見えてきます。復元天守櫓門脇にある石垣の積み方は、野面積みですが、石が横一列に並べられた布積みになっています。このような積み方をしているお城の石垣は、珍しいと思います。

 

野面積み・布積み(天守櫓門脇の石垣)

 

本丸には、若いころの徳川家康像が立っています。そして、本丸から南側には、現在は浜松市役所と元城小学校がある二の丸跡が拡がっています。

 

復元の天守櫓門は、明治初めまで残っていたようで、色々な文献や発掘調査から、本物に近い形の木造建築で復元されたようです。

 

木造復元「天守櫓門」

復元「天守櫓門」脇の「鏡石」

木造復元「天守櫓門」(天守曲輪側から)

天守櫓門内部

 

天守は、望楼型の三層四階(地階あり)の鉄筋コンクリート製で、これは昔の絵図を元に再建された復興天守閣で、三階までは普通の階段で登れます。

 

三階建てですが、天守三階からの眺めはいいもので、東西南北の曲輪配置や櫓・門跡が、写真付きでよくわかりました。

 

復興「天守」(南東方向から)

復興「天守」(南西方向から)

地階の井戸

模擬天守内はRC造り

最上階は展望になっています

 

天守から降りて、天守台の石垣より少し高くなっている八幡台という石積みを眺めてから、天守の西側にある森と中部中学校の敷地である作左曲輪跡まで足を延ばし、更には、浜松城公園や日本庭園を散策しました。

 

作左曲輪の作左(さくざ)とは、家康の三奉行の一人の本多作左衛門重次のことで、福井県の丸岡城の初代藩主本多成重の父親で、鬼作左と言われた武将です。

 

戦場から妻に送った日本一短い手紙「一筆啓上、火の用心、お仙泣かすな馬肥やせ」で有名です。因みに、このお仙が、この初代藩主の本多成重のことです。

 

浜松城公園や日本庭園内に咲く紅梅の花

 

浜松城公園では、梅が満開、そして驚いたことに、リス達10匹以上でしょうか人なつっこく寄ってくる愛らしいさで、愛嬌をふるまっていました。

 

浜松公園内のリス

浜松公園内で遊ぶリス

 

そこから東方向に見えるこんもりとした森が、浜松城以前の主城であった曳馬城跡で、明治維新後にその場所に東照宮が建てられましたが、太平洋戦争で焼失して今は復元のものです。

 

曳馬城跡

曳馬城跡に建つ復元「東照宮」

 

浜松信用金庫などが建ち並ぶ三の丸跡付近から、バスで浜松駅まで移動しました。

 

.帰りは、浜松駅15時44分発の列車に乗り込み、豊橋で大垣行新快速に乗換え、大垣から米原までは後続の快速列車(大垣以降は各駅停車)、米原からはJR西日本の新快速で大阪まで1時間25分、大阪駅には20時13分に到着しました。

 

3日目は、三島から大阪までJRを乗り継ぎ、乗車距離470㎞で、8,520円分の普通乗車賃でしたが、青春18きっぷで2,370円で帰ってくることができました。お買い得でした。

 

 

 

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