京都清涼寺の秀頼公首塚に眠るのは豊臣秀頼か速水守治か... | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

「速水さんって速水守久の末裔ですよね?

ご先祖様の速水守久の400回忌法要をするので...」

と電話が掛かって来たのは去年の今頃の事

相手様は同じく速水守久の末裔で門林さんと名乗る男性





その時は「参列できませんがどうぞよろしくお願いします」とお伝えし

父の故郷、新潟で速水家を守ってくれてる叔父を紹介するにとどめておいた。



そして先週また電話が掛かって来て

今度は「会いたい、一緒に大手前大学に行きたい」との事。。。




僕が出て行っても何の役にも立たないと思うけど

何かお力になれるなら。。。



で、

今日行って来ました。

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校門で待ち合わせ(初対面)



図書館、メディアライブラリーCELLへ

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目的はこれ

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史学研究所を有する大手前大学は

元々大阪城三の丸の跡地に建ってて

移築時の史跡学術調査で沢山発掘された出土品が

資料としてしっかり残ってるので

その中からご先祖様に繋がる何かが無いか探したい。




分厚い資料を捲りながら「速水」の文字を探す

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デジタルの検索は慣れてるけど

老眼が入った目を酷使し。。。(笑)




結局、資料から大きな発見は無かったけど

門林さんのお話をお聞きすると




1980年に行われた三の丸の学術調査で見つかったひとつの頭骸骨が

当時、豊臣秀頼公の物だと判断された

その頭骸骨が嵯峨の釈迦堂で有名な京都の清涼寺に「秀頼公首塚」に祀られてる



が。


が!!

である。



実はあの首は秀頼公ではなく

秀頼公の切腹を介錯した速水守久の子守治だ



秀頼は薩摩に落ち木下に性を変えて

その末裔も確認できている



秀頼公の首塚に眠る頭骸骨と今生きている末裔のDNA鑑定をしたい。



史事を紐解けば紐解く程どう考えても

あの首塚に眠るのが秀頼公だというのはおかしい






壮大すぎる。。。





その後大手前大学史学研究所へお邪魔し

教授に熱く訴える門林さん




速水さんはどう思われますか?

って聞かれたので

「歴史は勝者によって描かれる物だと思います」

とだけ答えるも



首塚に眠るのが秀頼公でもうちのご先祖様であっても

そんなに気にならないのはまだ若いからなんだろうか。。



鹿児島でも81歳の速水さんが経緯を紐解くべく奔走されてるらしい。



ちなみに

清涼寺の首塚も

「秀頼公のものと思われる」と書かれてる。

秀頼公首塚

そして秀頼公も「自害したと"伝えられてる"」とある

wiki「豊臣秀頼」項



ちなみにちなみに

大手前大学史跡研究所は

伊丹市の有岡での史跡学術調査もしてくださってます

大手前史跡研究所サイト


そして

その熱い情熱の門林さんもブログで詳細に残されてます

名家燈籠輪句



今日は悠久の歴史を辿る壮大で不思議な一日でした