名家燈籠輪句 豊臣秀頼の首から速水守治の首(一) | 風と太陽のブログ 名家燈籠輪句

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 「秀頼の首」、昭和55年大坂城三の丸周辺で大学施設の建設予定地内発掘。兵庫医科大学で発行された頭蓋骨の鑑定書、出土した頭蓋骨の写真。この頭蓋骨を復顔することで秀頼・守治の横顔の判別資料が作れる。早速、頭蓋骨写真を倍に拡大コピー、頭蓋骨の額部と顎部を縦軸に45度左回転、額を鉛筆で軽く表皮の厚みを骨の輪郭に合わせ目検部から鼻先ヘ、顎部も同じく輪郭に表皮を軽く書きこむ。唇部を歯先に重なる位置に唇の脹らみを上下合わせ鼻筋を繋ぐ。眼球の中心線を横に耳穴と繋ぐ、耳部をスケッチ、頭皮は、丁髷の髪の毛を頭蓋骨頭部で髪を束ねる。でこ部に眉毛、眼球に上瞼、下瞼を眼球に合わせる。小鼻の位置は、鼻先に合わせ小さく脹らむ。揉み上げを耳センター中より下部から頭部に髪の毛を一本一本上に書き上げる。首部は、着物の襟を書き加える。徐々に線部の輪郭を濃く筆を走らせる。出来上り、秀頼のふっくらした面長の上品な顔立ちではない。鼻が高く、顎が張った横顔。早速鹿児島速水宗久の末裔の方にFAX送信。お返事が返ってきました、私の叔父で70年前戦死した横顔の口元が良く似ています。復顔からまた真実に一歩近づく。秀頼は、真田幸村の護衛の元、薩摩落ちの延命の事実が伝説から事実に変わる復顔として秀頼の首は、速水守治の首。何故、沢山の歴史事実を再確認すれば、伝薩摩落ち秀頼と伝真田幸村の薩摩落ちの歴史が、国家予算を運営に国民の税金、国民の受信費、何処まで国民を馬鹿にした放送運営の責任認識を持ち事業として又国民の社会教育の指導指針、大きな社会賠償責任を負う事実として受け止める代表取締役職メンバーの罰金の支払責任が発生。認識の格差の大きな時代。(戦国武将速水守久400年法要冊子編集調査資料より)