今日お通夜のお経が終わったあとに
お客様にお伝えさせて頂いた事が有ります。
おつかれさまです、速水です。
ちょっとややこしい話しかもしれませんがお話しさせて頂きます。
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みなさん、いかがでしょうか。。。
お通夜に参列する、
お通夜で手を合わせる。
お通夜でお経を聞く。
お坊さんの話しに耳を傾ける。
皆さんはそれをご自分の意志で行なっていると思っておられませんか?
じつは、
違うのです。
それは
故人が亡くなる事によって
皆さんがさせられている事なんです。
させて頂いている事なんです。
故人が死ななくても
皆さんは今夜ここに来て手を合わせたでしょうか?
故人が死ななくても
お経を聞き法話に耳を傾けたでしょうか?
親戚さん達の顔をと久しぶりに見られたのも
故人が亡くなる事によって初めて
そうさせて頂いているのではないでしょうか。
せっかく故人様から頂いた仏縁の今宵
「人間死んだら終わりや」と言う人も居ますが
故人様の死を無駄にしない為にも
お坊さんの法話を踏まえて
故人の想い出話しや笑い話しで
今夜はゆっくり故人をお偲びして上げて下さい。
死んでも耳はいつまでも聞こえていると言います。
故人様に感謝の気持ちと楽しいお話を聞かせて上げて下さい。
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さて、
如何でしょうか?
今、私達が何となく行なっている事。
それは自らの意志だけで成立するでしょうか?
「因縁」と言う言葉に有る様に
全ての事象は孤立して存在するのではなく
相互に依存し合って成立しているんですね。
これは仏教の世界だけじゃなく
今の世の中の全ての事に当てはまると思います。
そう思うと
「自分で!」とか「自分が!」など
傲慢な考えには至らないと思うのですが
如何でしょうか。
今生きている僕の命さえ頂いた命
「おかげさま」の心を大切にしていきたいと思います。
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