「幸福感」についての記事、続きです⬇️
どうすれば「快楽」ではなくて、私という存在の土台をどっしりと支えてくれる
「幸福感」を感じられるようになるのか?
その方法は
幸福感を見出す「練習」をすること。
前回の記事にも書いたように、ドーパミンが出たときに感じる「快楽」は
スマホでSNSや動画やゲームにアクセスするだけで、今の時代カンタンに手に入る。
「欲しい」なんて思うよりも先に、向こうから勝手に与えられている状態です。
だけど「幸福感」は、その性質とは真逆。
自分からその感覚を【見出そう】としない限り、向こうから勝手に来てくれることはないし
ドーパミン的な「快楽」に慣れれば慣れるほど、刺激が薄い「幸福感」を感じることは、どんどん難しくなっていく😂
だから、待ってるだけじゃなく
「練習」が必要なんです。
以前の私は「快楽」と「幸福」の区別がまったくついていなくて
お金が稼げるようになって、
欲しいものを手に入れられて、
住みたい場所に住めて…
そうすれば幸せに生きられるんだと、本気で思っていました。
だけど収入が上がって、憧れていたような経験ができるようになって気付いたのは
何かを手にいれることで「快楽度」は上がるけど、「幸福度」は上がらないこと。
一瞬の刺激を感じることは以前よりも増えたけど、その刺激にはすぐになれて、また新しいものが欲しくなる。
刺激を感じることは増えた。
気持ちが高揚する瞬間は増えた。
だけど、何かを追いかけ続けているような焦燥感も増えた。
そんな中で、生きる上での「幸福な感覚」が底上げされているような実感は、感じることができなかったのです。
「快楽」と「幸福」は別の道にある。
このとき、やっとその事実に気付きました。
「快楽」はただの快楽でしかなく、どんなにそれを得たとしても「幸福感」に繋がっていくことはない。
そして「幸福感」とは目の前の日常の中で
好ましいものや、嬉しいもの、美しいものを見ようとすればするほど
それを見出すことがどんどん上手になっていく。
快楽は何も考えなくても自動で得ることができるけど、
幸福感を感じる力は、練習しないと育まれることがないスキルだからです。
だから、今日もコツコツ練習する。
目の前に広がる景色から
当たり前の日常から
昨日も今日も変わらないような風景の中から
好ましいもの、嬉しいもの、美しいものを見出していく。
それをやってきたことによって
私自身の「幸福度」は、年々どんどん大きくなっていることを実感しています。
そして、目の前の日常にどんなに幸福感を感じたとしても、それは
その程度で満足するならそれ以上はもういらないよね?
なーんてことにはならないんです🤣🤣
今の日常で幸福感を感じれば感じるほど、さらにその感覚を感じさせてくれるような現実が
目の前に広がりやすくなる。
逆に「快楽」を感じれば感じるほど、さらにその感覚を感じさせてくれるような現実が、目の前に広がりやすくなる。
世界のどこにピントを合わせるかはただの【習慣】だから、本当に欲しい感覚にピントを合わせておけば
その感覚がどんどん人生に流れ込んでくるのです🌈
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