ピンチかチャンスか_
「人のせい」にするか、
自分と向き合うか_
私たちが日常で出逢う嫌な出来事には、
実は、完璧な仕組みがある。
この世界は、
「自分らしく在ること」に
すごく背中を押してくれる世界なので、
ありのままの自分を隠していると
「こんな自分を隠してますよ」
という出来事が起きる。
それはもう絶妙にうまく仕組まれてると思う。
それだけ、自分の人生は
自分が創っているということ。
例えば、
ダメな自分を隠して、
素晴らしい自分を演じて生きていれば、
「ダメな自分」を、
隠せなくなるような出来事が起きる。
人と自分の間に、
境界線を引けていなければ、
「嫌だ」と感じイライラすることが
多くなるような人と関わることになり、
境界線を引かずにはいられなくなる。
理不尽や自分勝手は許さない、と
心のどこかで握りしめていれば、
人に騙されるようなことが起きたり、
理不尽な出来事が起きる。
無理して愛想笑いしていれば、
無愛想な店員さんが現れたり、
怒られる恐怖を抱え、
いつもびくびくしてれば、
怒鳴る人が目の前にくる。
それは、ある日、
突然に_
そして、苦しくなったり、怖くなったり、
嫌な気持ちなったり、
絶望的な気持ちになることもある。
そういう意味では、
うまく引き合わせが感知している。
こんな風に世界は、
表面的に見ると「嫌な出来事」
にしか見えないことを通して、
自分の一部を取り戻させようとしてくれている。
昔、ふと、
「あなたって、
嫌な人にばっかりあたるよね」
言われたことがあって
今でも忘れないのだけれど、
当時、
人との間に境界線も引けてなければ、
理不尽も許せないと思ったので、
「理不尽な嫌な人」が現れるわけだ(笑)
と、今なら思う。
しかし、人は上記のような出来事が起きても、
自分と向き合わなければ、
嫌な出来事として処理してしまいがちで
その出来事を通して、
隠してる自分を取り戻すどころか、
隠してる自分を、
もっと隠すよう強化してしまうこともある。
それが自分と向き合わずに、
「人のせい」にした時。
愛想悪い店員さんにモヤモヤしたり、
イラッとした時、
「何あいつ!!」って
相手に矢印向けてしまうと、
自分にも笑わないことを許せないし、
人にも笑わないことを許せなくて、
自分ももっと愛想笑いするようになるんだよね。
で、また愛想悪い店員さんにあたって
モヤモヤ、イライラして
そんな繰り返しの人生になる。
理不尽な人、出来事に出会ったときに、
「なんなのあれ、許せない!」
そう強く握りしめてしまうと、
理不尽なことしてはいけないと、
相手のこと考えて
自分をすり減らしがちになるようなことを
その先、繰り返してしまう。
そしてまた、
理不尽な出来事や人に出逢っていく
どんな出来事であれ、
自分自身が引き合わせていること。
ということを、
自分と向き合いながら
身をもって知ってきた。
「嫌だな」と思う人と関わり、
身をすり減らしてしまうことも、
理不尽な人や出来事に
イライラモヤモヤすることも。
でも、その感情は
「自分だから」そう感じるもの。
その種は、
自分の心のなかに必ずある。
それを「人のせい」にしていても、
何も変わらなどころか、
この先、同じような嫌な出来事が
繰り返されてしまう。
隠している自分も強化してしまう。
嫌な出来事を通して、
隠してた自分を取り戻し、
幸せに生きていくか、
自分の心の中を見ることなく進むのか、
そしてまた、
嫌な出来事を繰り返すのかは、
自分と向き合うか、
「人のせい」にし続けるか、
どちらかの選択でしかないのだ。





