わたしは毎朝
朝活に参加している
朝
ミコさんのお話をお伺いして
瞑想をするという
そんなことをかれこれ
約50日続けてきた
何か変化はありましたか
と聞かれると
明確にこれですとは言えないが
親を許せないんだよね
なんて考えた次の日には
許す瞑想だったり
やめることが怖いんだよね
なんて考えた次の日は
怖いにフォーカスした瞑想だったりする
そんな今朝の瞑想は
希望の瞑想だった
希望なんてわたしにあったけ
と思いながら
ミコさんの瞑想にゆだねる
人は生まれながらにして価値がある
これができるから
こうやって成功したから
こんな役に立っているから
何かをしたから価値があるのではなくて
存在自体に価値がある
そんな言葉をわたしは何百回と
耳にした
わかってる
頭では本当に理解している
けれど
心の奥深くで信じ切れなかった
それが今朝の希望の瞑想で
真実に気がついた
人は誰かの希望
人は存在しているだけで誰かの希望になっている
親は子どもの衣食住を整え
子どものために教育を受けさせ
子どものために習い事をさせ
子どもの人生に文句を言い
頼まれていないアドバイスをして
コントロールしようとして
ありとあらゆる子どもに関することに
首を突っ込む
なぜか
子どもを愛しているから
もちろんその愛の深さもある
そして
愛だけではなく
そこに希望があるから
子どもという存在自体が希望だから
子どもが幸せになることが
宇宙を幸せにすること
地球を幸せにすること
子どもが幸せになることが
宇宙貢献なんだと
DNAレベルで
本能で知っているから
だから
子どもは希望なんだ
わたしには3人の子どもがいる
お腹の中で10か月育て上げ
お腹が動くと希望だった
生まれてくることが希望だった
現実はDVの旦那さん
借金もあった
転職が多すぎた
お金がなかった
病気持ちだった
いつもケンカばかりだった
それでも
わたしのお腹の中には
希望しかなかった
子どもが生まれた瞬間
この世に誕生した瞬間
そこには希望であふれていた
シンプルに子どもを人間の本能にしたがって
穏やかに希望として育て上げればいいのに
社会が
世間体が
あの人が
将来が
自分自身の未消化な思いが
そうやって
いろんなのをくっつけまくって
子育てを
めんどくさいこと
難しいことにしている
子どもは希望
そして
かつて子どもだった
わたしも誰かの希望だったんだ
この世に価値のない人なんていない
だって
みんなかつて子どもだったんだから
子どもとして生きたことがない人は
この世に誰一人としていないのだから
生まれてくること
それ自体が
希望だった
例え虐待されようとも
望まれなったとしても
必要とされなかったとしても
この世に生を受け
誕生したその瞬間は
どんな人も誰かの希望でしかなかった
生きているだけで価値があるんだ
希望は人それぞれ
だからこそ比べなくていい
誰の中にも
ちゃんとある
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