漂泊者の歌 | お小遣い2.5マソだけどリッターバイク買っちゃった

お小遣い2.5マソだけどリッターバイク買っちゃった

ヨメさんに事後承諾で買ったリッターバイク
維持費はお小遣いで賄う事になりました。本当にやっていけるのかしらん?

漂泊者の歌(1921)  萩原朔太郎 


日は断崖の上に登り 
憂ひは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
続ける鉄路の柵の背後(うしろ)に 一つの寂しき影は漂う。

ああ汝、漂泊者! 
過去より来たりて未来を過ぎ 
久遠(くおん)の郷愁を追ひ行くもの。
いかなれば蹌爾(そうじ)として 時計の如く憂ひ歩むぞ。 
石をもて蛇を殺すごとく 
一つの輪廻を断絶して 意志なき寂寥(せきりょう)を踏み切れかし。 

ああ 悪魔よりも孤独にして 
汝は氷霜の冬に耐えたるかな!
かつては何物をも信ずることなく 
汝の信ずるところに憤怒を知れり。
かつて欲情の否定を知らず 
汝の欲情する者を弾劾せり。
いかなればまた愁ひ(うれい)疲れて 
優しく抱かれ接吻(きす)する者の家に帰へらん。
かつて何物をも汝は愛せず 
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。 

ああ汝 寂寥の人 
悲しき落日の坂を登りて 
意志なき断崖を漂泊(さまよ)ひ行けど 
いずこに家郷(かきょう)はあらざるべし。 
汝の家郷は有らざるべし!



著者の過去の生活は、北海の極地を漂ひ流れる、侘しい氷山の生活だつた。その氷山の嶋嶋から、幻像まぼろしのやうなオーロラを見て、著者はあこがれ、惱み、悦び、悲しみ、且つ自ら怒りつつ、空しく潮流のままに漂泊して來た。著者は「永遠の漂泊者」であり、何所に宿るべき家郷も持たない。著者の心の上には、常に極地の侘しい曇天があり、魂を切り裂く氷島の風が鳴り叫んで居る。さうした痛ましい人生と、その實生活の日記とを、著者はすべて此等の詩篇に書いたのである。

 

なんとも迫力のある詩ですよね。

私の大好きな映画『野獣死すべし』の中でこの詩が効果的に使われており、

主演の松田優作が演じる伊達邦彦は風俗の女性と過ごしても、自分は指一本触れず、彼女の自慰行為を遠くから眺めるだけ。 そのバックに流れる詩が、荻原朔太郎の『漂泊者の歌』なんです。
 
この場面を見る限り、異常な戦争体験が原因で、伊達邦彦は性的不能になったのではないかと思わせる。
 
お は り !