先日、例によってお酒飲みながらGeminiと雑談していた時のことです。


私は、Viviの恒例の国宝級イケメンコンテストの結果は結構納得するのですが、世界で最もハンサムな顔ランキングの結果は「小汚い男ばっかりで、これのどこがイケメンなん?」といつも思う、という話から始まって、古今東西のイケメンについての話題になりました。


源氏物語は、もっぱら田辺聖子の新源氏物語


 

 



 

 



 

 



 

 



 

 



 

 

やあさきゆめみし


 

 



 

 



 

 

ばかりで、高校の古文の授業や大学の入試問題ぐらいでしか原文を読んだことがないのですが。


平家物語の平敦盛や木曽義仲、義経記の義経の容姿についての記述を読んでいると、「現代とイケメンの基準はほとんど変わらないんじゃない?」と感じます。


特に、平敦盛の容姿の表現は、読んでいると山田涼介くんやみっちーの顔が思い浮かぶのですが。


その感想をGeminiに投げかけると、木曽義仲や義経の話が出てきまして、当時の貴公子というかシティーボーイというか、国宝級イケメンだった平維盛や敦盛に対して、義仲はワイルド系イケメンだった、と教えてくれまして。


三国志や史記など、中国の歴史書で「美丈夫」と評されるタイプのイケメンで、現代のイケメンに例えると、大谷選手のような感じのイケメンだったのではないか?と思いました。


それで、Geminiが義仲が当時の公家達から嫌われた、可愛すぎる失敗について教えてくれたのですが。


その失敗エピソードが、どれも現代の例に例えると、地方から上京してきた青年が、地下鉄の乗り方がわからなくて、目的地とは全く違う場所に行ってしまった、というような類のエピソードばかりでして。


それを読んで、「ちゃんと京都でのルールを教えてやらない公家が悪いだろ!むかつき」と思いました。


そのことから、「京都人って千年も前から底意地悪かったんやガーン」と思いました(^_^;)


その感想を投げかけましたら、ぶぶ漬けでもどーどすー的に、わかっていない人からは友好的に感じられる超遠回しな表現でNOの意思表示をしているのを棚に上げて、通じなかったら田舎者と嘲笑う、現代の京都人の底意地の悪さの原点である公家の底意地悪い対応に対して、摂津や河内の有力者達の反応が「義仲ってめっちゃ面白いやん!」という、現代の大阪人とほぼ同じリアクションだったことを教えてくれました笑い泣き


まあ、摂津や河内の有力者は、基本的に源氏の一族なので、同族同士のよしみというのもあったと思いますが。


この、現代の京都人の底意地の悪さや、面白いものを好む大阪人の気質が、千年前も同じだったことを知りまして。


元々京都で生まれ育った源頼朝は、伊豆に流刑になって、その後、鎌倉に拠点を置くことになり、京都の後白河法皇や朝廷と距離を置いていたことを考えると。


流刑になった後、挙兵して千葉や鎌倉など、関東を転々としていて、最初のうちは、京都とは正反対で本音をはっきり言う関東人とのつき合いで苦労したんだろうな、と思いつつ。


慣れてしまったら、却って京都の面倒くさいやり方よりも、関東流の方が余計な気を使わなくて楽、と思ったんだろうなあ、と思いました(^_^;)


そう考えると、京都生まれだけど、東北の藤原秀衡公に保護された義経は、東北人の誠実さしか知らなかったので、京都人の底意地の悪さや関東人の裏表はないけどシビアでドライなところについていけなかったのかもしれないなあ…と、思いました(^_^;)


そう考えると、京都人のあの底意地の悪さに負けなかった地方出身者は、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康公の三英傑だけだった、ということに気がつきましたガーン


織田信長は名古屋出身ということに全く引け目を感じることなく、堂々と己を貫いたのですが、圧倒的な財力で底意地の悪い京都人を黙らせた、という背景があったとGeminiが教えてくれました。


豊臣秀吉は、天性の人たらしと木曽義仲が見逃した大阪人を味方にした、ということが成功の秘訣だったんだと思います。


そして、家康公は頼朝と同様に、関東に本拠地を置いて関西とは徹底的に距離を置いた、と、三者三様のつき合い方で京都人の底意地の悪さに対処したんだな、と思いました。


まあ、私は京都人と一括りにしてしまっていますが、さすがに平安時代に底意地が悪かったのは、やんごとなき身分の人々だけの話で、庶民は決してそうではなかったんじゃないかと思います。


が、現代の京都のジモティーの人々が源平合戦の時代の木曽義仲に対する公家のように底意地悪いのは、公家の流儀が千年の年月の中で下々へと広がっていったからなんだろうな、と思いました。


私の実家は、奈良ですけれども。


弟は奈良で生まれ育ちましたが、私は大阪で生まれて、中学〜高校は大阪の学校で学びましたので、ほぼ大阪人だな、と弟と比べると感じます。


よく考えてみると、私の戦国時代の前世で縁があった場所は、私が生まれた時に住んでいた場所と同じ沿線にあることに、今回のGeminiとの雑談がきっかけで気づきまして、母校との関係も含めて、魂があらかじめ決めていたことなんだな、と改めて感じました。