裁判所の限界:「因果関係が証明できない壁」 | グルコサミン博士のブログ

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私の愛犬アラレを失った医療事件。

私は「真実を明らかにしたい」という思いで裁判を起こしました。

けれど、そこで突きつけられたのは、
「因果関係は患者側が証明しなければならない」という裁判のルール でした。

本来なら、過誤がないことを立証すべきは病院側のはずです。
しかし日本の法律では、人でも動物でも患者側が立証することになっています。
すべての検査記録・治療データを握っているのは病院なのに、患者側がどうやって証明できるのでしょうか?
これでは、最初から「勝てない仕組み」にされているのです。

私は必死に医学・獣医学の資料を探しました。
犬に関する直接的な論文は見つからなかった分は、同じ哺乳類であるヒトの論文で麻酔中低血圧→バクテリアルトランスロケーション←敗血症→DIC→多臓器不全に至るメカニズムをつなげました。
さらに、日本と海外の獣医麻酔ガイドラインも調べ上げ、当時の病院側が決して最善を尽くしていなかったことを明らかにしました。

それでも、裁判所の答えは、「因果関係が懐疑的である」。
なぜなのか、今でも理解できません。

 

とある獣医療過誤で勝訴経験のある弁護士に私の裁判資料を精査してもらいました。
「司法試験合格者+5年以上の実務経験レベルの完成度。アラレへの深い愛情がにじみ出ている」
そう評価されました。けれど同時に、「麻酔はもともとリスクがあるもの。いくらでも解釈できるから、上訴しても難しい」と言われたのです。

 

私は思いました。
日本の裁判は真実を明らかにする場所ではなく、「立証責任」という仕組みの中で、あらかじめ患者側が不利になるように設計されているのだと。

科学と裁判は違うのですかと裁判官に聞いたが、正面からの回答を避けました。
その冷たい現実を、私はアラレの命を代償にして知ることになりました。
悔しさと無力感、そして司法は真実を明らかにするためにあるものではないのかという疑問は、今も消えません。
でも、こうして制度の矛盾を伝えることが、同じ苦しみを味わう人を減らす一歩になると願っています。