「香港国家安全維持法」が成立され、皮肉にも香港が中国に返還された記念すべき日である7月1日に適用となりました。
この法律によって「香港人による香港統治ではなく、中国政府による香港統治になる」に変り、さらに「逮捕されれば中国本土に連行されることもありうる。外国人も例外ではない」そうです。
香港に「返還後50年間は、高度な自治」を保障したじゃない?「一国二制度」は嘘?
1980年代はじめに、返還について中英交渉の噂が流されたとき、香港市民が大きな不安を抱え自分たちの将来を探り、一時海外移住者がとっても多かった。
そんな中、80年代の半ば頃、鄧小平は香港の実業家と会談を行いました。会談で鄧小平は「一国二制度が変わることはない、変えることは不可能である」と強調しました。
この「一国二制度が50年間変わることは絶対にない」という明言を信じた善良な香港市民はその後また徐々に香港に戻った傾向さえありました。
そもそも、中英間の返還交渉では、租借期限を1997年に迎える新界地区に加え、英国に永久割譲されていた香港島と九龍半島も併せて返還されるかが焦点となっていたそうです。鄧氏は英国が香港から手を引く代わりに、50年間は中国が香港に関与しないと約束した結果、香港が一括返還される経緯もありました。しかも、その「約束」は中英共同宣言として国連にも登録されているようです。
早すぎる脱輪、わずか23年でその国際的公約が破られてしまいました。お墓に眠っている鄧小平氏はいまどう思っているのだろうか?
今まで香港市民、特に香港の若い人たちが頑張っていた姿を思うと、胸が痛みます。
自分たちの居住地の自由と平和のために闘ってきました。それも自分のためだけでなく、香港の将来のためである。
勇気があって、意志が強く、愛があった。
しかし、
6月30日、民主運動や人権活動家周庭さんは、「私、周庭は、本日をもって、政治団体デモシストから脱退します。これは重く、しかし、もう避ける事が出来ない決定です。絶望の中にあっても、いつもお互いのことを想い、私たちはもっと強く生きなければなりません。生きてさえいれば、希望があります」と、私には悲痛な叫びとして聞こえてきた。
本当に重い言葉です。
香港市民が不安を抱える「第二波」は避けられそうにないだろう。
武器を持たない市民に銃を発砲することは香港で起きないよう願うばっかりです。
国家はなんだろう、約束はなんだろう、権力者の恐ろしさに心が震えながら今日はここまでとします。