「遠音近音」での 朝食は ダイニング「颯」で いただきます。

気持ちのいい窓側の席に案内してくださいました。
パパは いつも 和食

私は 洋食のチョイスです。

卵は 目玉焼き スクランブルエッグ オムレツ 調理方法を選べます。

最初のドリンクと 温かい飲み物は 注文を聞いて持ってきて
くださいますが 自由に 飲むことも できます。

フワフワパンが 美味しくて
「このチョコレートパンを もう一ついただけますか?」
と 頼むと ちゃんと温めて こんなに かわいく
レースの紙ナプキンの上に 持ってきてくれました。

お洒落な天秤ですね。 ヨーロッパのものでしょうか?
奥の席は 一段高くなっているので ここからでも
海が よく見えるでしょうね。

お誕生日カードを いただきました
さて いつもなら 朝食後は また 露天風呂に入って
チェックアウトまで ゆっくり過ごすのですが
今回は まだ 鞆の浦で 行ってみたいところが あるのです。

山の中腹にある医王寺からの鞆の浦を 観たいのです
昨日も 歩いた路地を 歩いて行きます。



湯舟は なくなっていますが 以前は 銭湯だったんでしょうね。

町の西側の急な坂道を上っていきます。


右手は 明圓寺ですが まだ上の医王寺をめざして まだまだ 登ります。

真言宗 医王寺です。
坂道を 片手に お供えのお花を持って
はあはあと 息を切らしながら 登ってこられたおばあちゃん達

お~ 一枚の写真には 収め切れない鞆の浦の風景
とても 写真では お伝えすることのできませんね。

お墓参りに来ていらしたおじさんに 「この鐘 ついていきんさい」
と言われても なかなか 遠慮して つかないパパを
「せっかく ああ言ってくださるんだから つかしてもらったら?」
と ゴ~ン
お誕生日記念ですよ~

そして えび男さんに 「ぜひ 行ってみなさい」と 勧められて
来た後山山荘。
毎月第2日曜日に公開されているそうですが そんなこと知らずに
登っていくと おじさんが お庭のお掃除をされていました。

「この坂道を登ってきたんなら 休憩がてら 景色だけでも
観て行きんさい」って お庭にお邪魔させていただきました。

後山山荘は 80年ほど前 建てられた別荘を 復元改修をされたもので
その設計をされたのが エビ男邸の設計をされた前田圭介さんなんです。
別荘ですので ふだんは 誰も住んでいらっしゃいませんが
時々 音楽会などが 催されたりしているみたいですね。

おじさんが いろいろお話をしてくださり 公開日ではないので
雨戸はしまっていましたが サンルームを 見せてくださいました。

裏庭には 小川が 流れていて 後ろの山につながっています。
今頃 紅葉が 綺麗に色づいていることでしょうね~

この夏 キリン一番搾り生ビール の役所広司さん出演のCMで
使われていたのが この後山山荘だそうです。
YouTube でも 観れますが 「このロケ地は どこ?」と
話題になったようですよ。
いつまでも おじさんのお話を 聞かせていただきたかったんですが
チェックアウトの時間があるので 失礼いたしました。
この赤い屋根のおうちは 「崖の上のポニョ」で モデルになった家だそうです。
宮崎駿監督は 鞆の浦に3か月ほど滞在して
あちらこちら スケッチされて 構想をめぐらしておられたようですね。ホテルにも ポニョのタオルやお土産物が たくさん置いてありました。
さて ホテルの近くまで 帰ってきたところで
パパは 部屋に帰って もう一度 露天風呂に
入ると言ったので 私は 一人で どうしても
行ってみたかった福禅寺に 行きました。
福禅寺対潮楼

福禅寺に隣接する対潮楼は 江戸時代に建てられ
日本で一番の景勝地として言われたところです。

坂本龍馬も いろは丸事件の折に紀州藩と交渉をしたお座敷だそうです。

額縁におさまった絵のようにみえる瀬戸内の島々です。

高杉晋作、坂本竜馬、桂小五郎、勝海舟、西郷隆盛、大隈重信、大久保利通
幕末維新の志士達が 1枚の写真に おさまっています。

江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、
日本の漢学者や書家らとの交流の場となりました。

右端にうつっているのが 宿泊していた「遠音近音」ですから
ほぼ同じ風景を お部屋から眺めることが できるのですね。


さて なごり惜しいですが お宿をチェックアウトして
鞆の浦に お別れいたしました。

鞆の浦旅行 あと1回 続きます。
長くなってしまって 申し訳ありません