父は今79歳。昔から短気で自分のことしか
考えられないところがあった。
人の気持ちを想像するのが苦手で空気も
よめない。頑固で幼い。
私はずっと精神年齢は5歳児くらいなんじゃ
ないかと思っている。
でも、年齢を重ねるにつれ、それがさらに
強くなってきた。
最近はもう私の手に負えないと本気で思う。
1ヶ月ほど前に、家のフェンスを隣家の
修理にきていたトラックにぶつけられた。
フェンスは多少へこんだ程度だったのだけど
父は1枚だけ交換すると、他のフェンスと
色が変わってしまうと言われたので
全部の交換を要求。
見積もり金額は41万ほどになった。
これを加害者の業者におくったところ
相手は、これは裁判になりますよと父に
言った。父はこの言葉に激怒。
父には大昔、BMWに軽くぶつけてしまった
ことがあるらしい。その時にできた
よーく目をこらさないと、ほとんどわからない
小さな小さなへこみを直すのに、父は
80万を払わされたのだという。
その時に保険屋になんでそんなに高いのかと
言うと、こんなもんですと、馬鹿にされた
ようにいわれ、さらに免停になったと
父には最悪の記憶として残っているらしい。
なんで、そんな事故で免停になるのか?
つっこみどころはあるが、父にとっては
これが「現実」として記憶されている。
だから今回も、あの時自分は80万も
払わされたのだから、今度は向こうが払うのが
当然だという気持ちがあるのだと思う。
さらに、別の日、私が一階にいると、なんだか
ものすごい雑音が2階から聞こえてくる。
ものすごく耳障りな、ザーザー音。
なにかと見に行くと、父が自分の部屋で
この雑音を隣の家にむけて流しているのだ。
私はすぐに気がついた。これ、報復だと。
隣の家の人が自分の敷地内でゴルフの練習を
していて、音がうるさいと私に愚痴っていたのだ。
それの仕返しで隣にむけて、雑音のラジオを
流していたようだ。父は部屋にはいなかった。
これは、私の耳が
耐えられないので、何もいわず、消した。
父の中では、
「向こうが先にやった」
「だから自分もやり返す」
ということなのだと思う。
父は昔からこういう人だった。
いまにはじまったわけではないので
驚きはない。ただ、昔ははあ?ということを
口にはするが行動はしないことが多かった。
今は行動にうつしてしまうのが問題。
これは、老化による脳の問題だと思うけど
こんな人間の面倒を子供だからと面倒を
みないといけないのだろうか?
今は医学が進化して、人は長生きになった。
身体は元気でも脳はそうはいかないで
父のようになる人も多い。
特に自分でもわかるが歳をとる=精神が
成熟していくと言うわけではないのだ。
それをどう社会で支えていくのか?
子供だけが支えないといけないのか?
長生きさせることは本当に社会と人のために
なっているのか。。。。。。
