2025年6月20日水江さんとhonamiさんが主催する鹿屋研修に参加しました。


鹿児島空港に集合したのは20名弱。
ほぼ全員が水江さんのつながりの方で、私は水江さんのことも存じ上げておらず……完全なアウェー状態でのスタートでした。

まず向かったのは鹿児島の護国神社。
空は澄み切っていて、神社からまっすぐに伸びる飛行機雲が目に入りました。
太陽には「ハロ」と呼ばれる虹の輪が。
なんだか見守られているような気がしました。



それから鹿屋航空基地資料館へ。
鹿屋市(かのや)は、鹿児島空港から車で1時間強。知覧と比べると知名度は低いかもしれませんが、太平洋戦争において日本で最も多くの特攻隊員が飛び立ったのはここ鹿屋からです。

鹿屋からは908名。知覧の439名を上回っています。知覧は陸軍、鹿屋は海軍の特攻基地でした。

屋外には飛行機10機、ヘリコプター4機が展示されています。なかでも「二式大型飛行艇」は、飛行艇として当時世界最高の性能を誇った名機で、世界に現存するのはこの1機のみだそうです。
屋内には零戦の展示もあり、迫力があります。

資料の中には、水戸黄門で知られる俳優・西村晃さんが特攻隊員として記録されていたり、作家・川端康成さんが海軍報道班員として関わっていたりと、思いがけない名前も目に入りました。


そして、最も胸に響いたのが特攻人形でした。飛び立つ前に、若い学生たちが自ら作った身代わりのお守りです。
この小さな人形を握りしめて空へ向かったのかと思うと、しばらく動けませんでした。

研修のはじめに示された言葉が、ずっと胸のなかにありました。

「あなたは心からやりたいことをやれていますか?後悔のない人生を、歩めていますか?
大切な人たちの笑顔を守れていますか?
命をつないでくれた誰かがいて、今、あなたはここにいる」

908名の命の上に、今の私がいること。