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音咲きピアノ❀FloweryNotes
シュタイナーの著書や講演録は、
少々読みづらくて根気がいります。
彼の意図としては、
読み手が分かったつもりにならないように、
読み手の中にじっくり内化されるように
書いているのだそうです。
もうちょっと分かりやすく書けそうやけど
とツッコミどころたくさんで💦
理屈っぽくてギブアップしそうに
なることもあるけれど、それでも
シュタイナーが語ることは面白いです。
例えば
「人間は肉体を通して、
地球の進化のための酵母を提供します。」
とか
「アカカブは頭にまでいたるので、
早く満腹します。」
とか
「かつて地球は巨大な獣でした。」
などなど。
本当かどうか
信じるかどうかは後回しとして、
大真面目に書かれてることが
どこに向かってゆくのやら…
妙に惹かれて読み進める、
ファンタジーみたいな感覚も半分あります。
そんなシュタイナーが語る音楽とは…
「音楽は地上で流れゆくものであることによって、
人間の魂の模像になっているのです。
音楽の深い作用は、
この魂との類似性に由来しているのです。」
音楽も魂も目に見えなくて流れゆくもの。
「私たちが聴く音はエーテル要素の中に生きるのです。」
「音の霊的一魂的な部分は、
本来超感覚的世界に属するものです。
空気の中に生きるものは、音の身体部分です。」
文字を読んでその意味を人間が汲み取る
ことと似ているように思いました。
「音楽体験において、感覚体験は他の体験よりも
本質的に内面化されています。」
(音楽は夢のない眠りを通じ霊的・神的エネルギーをたずさえてくる芸術だとも)
※参考図書
「音楽の本質と人間の音体験」
ルドルフ・シュタイナー/西川隆範訳
イザラ書房
シュタイナーの言葉が
他のことと繋がって後々改めて理解できる
ということがよくあって、
そういうことを交えて
私的に考察を進めてみます。
潜在意識は、深さによって
個人的→遺伝的→民族的→世界的→宇宙的…
のように階層になっているそうです。
深くなるほど大きな"集合的"無意識に
繋がっているそうです。
シュタイナーが語る超感覚的世界
‟霊的・神的”エネルギーは、
潜在意識の深層部の
集合的無意識の世界(エネルギー)
と推察できます。
身体の組織で、霊的エネルギーの通り道は
神経であるともシュタイナーは書いています。
(日本語で神経というのも偶然ではないかも
=神が経る ※"経る"は通り抜ける)
2次元の平面では
3次元の立体の高さを現せないように
次元の高いエネルギーは、
低い次元で形を成しにくいそうです。
だから神経は体内でもごく繊細な組織で、
特に、エネルギーの出入り口
(シュタイナーの説明でも靈氣でも主に手足)
となる先端ではより微細に毛細化している
と理解できます。
音楽 〜霊的・神的エネルギー →神経
ピアノ演奏について話を進めます。
シュタイナーは、演奏に限らず
意味を感じず行うような繰り返し
つまり「訓練」を
魂が硬化する行為だと語ります。
一方で
ピアノは‟一日〇時間の練習をしなければ”
つらい訓練があってこそ
の世界と捉えられがちで、
私もかつて毎日弾かないことに
自責の念が付き纏っていました。
シュタイナーは演奏家ではなかったから。
やっぱり現実ではなかなか
訓練無しじゃあ難しいよなあ…と。
ある日、私は両者の間をとれないかと、
例えば電子ピアノだけに特化すれば
指の訓練はそこまでせずとも弾けそう!
そもそも演奏家を目指しているわけじゃなくて
ピアノ演奏を楽しみたい人に
そんなに訓練必要かなあ?
という疑問をもって
‟楽な奏法”
‟電子ピアノの奏法”
‟ピアノの楽な弾き方”
などのワードを、ネット検索しました。
そこで出会ったのが「お豆奏法」でした。
"電子ピアノからグランドピアノまで等しく
楽に弾ける奏法です"と ~お豆奏法公式Blog
お豆奏法の勉強会やマスターサロンで、
提唱者の舘えりな先生が語る言葉は
・反復練習は必要ありません
・指で弾こうとしないで(指を働かせないで)
・身体というよりはエネルギーです
などスピっぽくも聞こえますが、
私にとってはシュタイナーそのものだったのです。
ピアノに触れる「指先」は、身体の中で
最も繊細かつ敏感です。
"指は全て分かっています"(舘えりな先生の言葉)
ということを体感して実践する
あるいは何もしない。(…説明が難しい💧)
お豆奏法を学ぶほど、同時に
シュタイナーの言葉も腑に落ちるようでした。
お豆奏法を通じてピアノと向き合って
演奏の気付きを得ることで
シュタイナーの理解が深まる、
ということが起こっていました。
奏法や練習、レッスンについての
考え方が少しずつつ変わり、
私自身の演奏も変わり始めました。


