僕の名前は中野幸男(45歳)
独身。
コロナ禍になる前は「ヒーローショー」の
「笑幸マスク」として
地元(東京都足立区)では名が知れた存在だったかもしれない。
しかしコロナ禍に入り すっかりヒーローショーなど開催されるイベントも減って
YouTuberとして
人々に喜んでもらえるような 動画を上げていた。
「街の困ってる人を見かけたら 手助けする企画」
これは 道に迷ってそうな人の道案内したり
重い荷物を持つのを手伝ったり
ゴミ拾いボランティア。
介護のボランティアを積極的に行った。
そこでの あったまるエピソードや感想を動画で配信していた。
YouTuberとしても 人助けや徳を積むことの大切さを
伝えることで 再生回数がバズって
それなりに稼げるようになった(YouTuberとして)
しかし2021年8月11日
人生を大きく変える出来事がありました。
それは東京都綾瀬駅近くの雑居ビルをウォーキングしてる時に起こった。
雑居ビルの3階のベランダの 手すりみたいな細い所に上って
バランスを取って 楽しんでるのか?!
大変
危険な遊びをしてる子供を発見した。
子供を見ると
足場も悪そうだし 一歩でも踏み外すと確実に命を落とす高さのようだった。
なので 僕は 子供に一声かけた。
(命を守ること 危険なことは率先してやめさせることも人として本当に大切なので)
何度か声をかけても子供は面白がってやめなかった。
案の定……
子供はバランスを崩して
3階から落下した。
常識から考えて3階建ての高さから子供が落ちてくるスピードに重力が加わるので アニメや映画のように
落下してかっこよく 子供を受け止めることは
元々不可能なことは こんな僕でも
よ〜く理解していた。
だけど 僕は 命を守ることに必死だった。
自分より
他の人
子供の命を守ること
それに全力を尽くしたかった。
無謀な挑戦だと分かっている。
でも
やらなければならない時は男にはあるんだ。
僕は 落下してくる男の子に追いつき 受け止めた………
受け止めた?
受け止めたつもりだった………
男の子を抱きしめたが あまりの勢いで 僕が地面に
首から叩きつけられた時に
男の子はリバウンドしたようだ
だが 子供は柔軟だった。
リバウンドしたけど
軽症で済んだのか
痛そうに打ちつけた臀部をさすりながら起き上がってるのを確認した僕。
しかし僕は……
どうやら子供の衝撃で
腰から落下し頸椎を思いっきりアスファルトへ叩きつけられたようだ。
「よかった……子供さん
無事で よかった」
僕は意識を失った。
僕は意識を失う前に 子供さんの命を守ったことに嬉しさを感じた。
なので痛さも感じることはなかった。
僕は救急車で病院に運ばれました。
ICUに運ばれた時に
僕の両親と お医者さんの声
そして 子供さんのお母さん(シングルマザーはるか29歳)の声も少し聞こえてきました。
お医者さんが僕の両親に言ってた言葉。
「このままでは下手したら死ぬか植物人間になるでしょう。うまくいっても寝たきりか
車椅子の生活を余儀なくされるでしょう。」
子供さんのお母さんの言葉「見ず知らずの我が子のために ………」
物凄い嗚咽してる様子だった。
僕は 下手したら死……
または植物人間??
かもな……
意識がもうないや
どれくらい経ったの?!
一週間というワードが耳に入ってきた。
大事故から一週間以上経ちました。
手術は成功しました。
僕は少し意識を取り戻したようです。
しかし手足は全く動きません。
喉には管が入り 喋ることもできません。
トイレにも行けません。
美味しいグルメも食べれません。
結婚なんて夢もまた夢
再びヒーローショーのステージなんて立てるわけがない
絶望感で 打ちひしがれました。
毎日 どうやったら死ねるか
そればっかり考えてました。
手足が動かない僕が死ねる方法は
ただ一つ 舌を噛むこと。
だけど 噛む力も 少ししかなく それもできませんでした。
子供さんの親御さんも子供を連れて
毎日 僕のお見舞いに来てくれました。
凄い素敵な方でした。
だけど こんな機会の医療器具に繋がれた僕は 惨めすぎるし 醜態をさらしてるような気持ちです。
すごい素敵な方だとわかるけど
僕はなにもできやしない言えやしない
死にたい
でも 生きたい
どうすりゃいいんだ
そればかりかんごえてました。
しかし
微かな意識の中で
僕は生きる希望を見出せた。
病床で 両親や シングルマザーの はるかさんが
YouTubeを僕の枕元で流してくれた。
YouTubeで 多くの方々が 僕の復活を願うエールがアップされていたのだった。
そして YouTubeを枕元で流しながら お母さんは僕にこう言った。
「まだまだ幸男は 若い 幸男のような辛い状況に代われるものなら私が代わってあげたいくらいだよ」と。
お父さんは言った。
「がんばれ!みんなに幸せを願うなら
まず自分が幸せになること。
だから また立ちあがろう。
ヒーローは 倒されてもピンチの時にこそ
力を発揮するものだろ」と言った。
シングルマザーはるかさんや子供さんは
こんな素晴らしい方だったんですね。
再び立ち上がってくれる日を願うばかりです
などなど 嬉しい声が聞こえてきた。
僕の親友の言葉
「笑幸マスク あなたの皆を笑顔にしたい幸せにしたいという気持ちは すごく伝わっている。
だから今度は あなたが
再び立ち上がって皆を笑顔にしてほしい」
と見舞いに来られた時に話しかけてくれた。
(病気で死んでいった昔の仲間
生きたくても生きられなかった僕の昔の友達
そんな大切な人たちの分まで
僕は生きて
これからも皆に笑顔を届けたいんだ)
これらの言葉から
僕は
「優しさ」と「強さ」をもらった。
一人じゃないんだ 生きなきゃ
僕は強がって生きてきたけど
辛い時は助けてって言っていいんだと改めて気付かされました。
動けなくても オーロラのように輝く生き方ってできるかもしれないと考えた。
動けないからこそ 今まで出会った人々の幸せや成功など 心の中で
たくさん たっくさん願おう。
念ずれば花開く
切なる願いは きっと人々に届くと思う。
だから
いつも笑顔でいると決めた。
もし喋れるようになったら
「ありがとう」「僕は幸せだよ」「あなたと会えて感謝してます」とか
人々を輝かせる言葉を使おうと決めました。
入院して意識が戻って しばらくは
懸命に 声なき声で
「ありがとう」と 見舞いに来てくれてた シングルマザーや息子さん 親には言ったものだ。
不器用ながら
笑顔も試みた。
入院から何日かした時に
徐々に 喋れるようになっていきました。
手足が少しずつ動かせるようになりました。
そして お見舞いにある日来てくれた子供さんとシングルマザーさんに
「いつも来てくれて……あ、 りがと う」
と 間はまだ開くけど 僕は感謝を伝えた。
すると子供さんは 涙を流してこう言った。
「ごめんね
僕のせいで こんな目に おじちゃんを合わせてしまって。
でも おじちゃんの声
はじめてしっかり聞けた。
僕 嬉しくって
嬉しくって
」
さらに涙を流して服で涙を拭う子供に
さっと ハンカチを出す シングルマザーの はるかさん。
そして子供の背中をさすりながら はるかも 目を赤くして でも笑顔を僕に見せて こう言った。
「ヒーローショーで実は
あなたのことを見かけたことがあります。
全力パフォーマンスでしたね!
観客は少なかった。
それでも全力で演じる あなたの姿は
私も息子も 心打たれました。
だから
だから
また ヒーローショーのステージに立てるよう奇跡を起こしてください。
あなたなら
できる
今 喋れたんだから」
シングルマザーは 声を
あげながら嗚咽した
そして小声で 取り乱して
すいませんと 言っていた。
その時 僕は こう心に誓った。
再びヒーローショーの花形となる。
喋れる喜び これにより人々との喜びを感じてこれた幸せ
立ち上がれ歩ける喜び これにより様々な所を旅行できたんだ
両手で物を持つ喜び 両手があるからこそ 箸を持って美味しいものを美味しくいただきました。そして
この度は はるかさんの息子さんを抱きしめて
命を守ったんだ。
当たり前だと思っていたことに「幸せ」と「感謝」
を見つけました。
怪我から2ヶ月。
まずは入院生活の中ででもYouTuberとして復帰しました。
動くのもままならないけど
喋れるので 「ありがとう」「皆に感謝」「徳を積む大切さ」「笑いって素敵なことなんだよ」
など 動画を投稿した。
そして事故から半年後
症状はリハビリを頑張ったのもありますが
僕はヒーローショーの花形として
再び現役復帰できました。
まさにミラクルが起こりました。
ヒーローに戻る時に決めたことがあります。
口は人を励ます時や感謝の言葉を使うために使おうと
耳は人の言葉をしっかり理解するために使おうと
目は自然や人の美しさをより感謝しながら観るために使おうと決めた。
手足は人を助けるために使おう
心は人の痛みがわかるようするために使おう
僕を助けた人たちがしてきてくれたことを
今度は僕がしよう
後編に続く



