【自由民主党=不自由米主党】天皇の「にっぽん」と「にほん」 | ☆Dancing the Dream ☆

☆Dancing the Dream ☆

Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆

 

 

 

自民党とCIA

CIA activities in Japan

https://en.wikipedia.org/wiki/CIA_activities_in_Japan

 

CIAの日本における活動https://ja.wikipedia.org/wiki/CIA%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%B4%BB%E5%8B%95

 

 

🔻詔書捧讀 戦時録音資料   

 

🔻終戦の詔書(玉音放送)放送年度:1945年  

Japanese Emperor Hirohito’s World War II surrender

1945年8月14日深夜から、皇居表御座所で天皇が自らの声を録音盤に収録。翌15日正午、ラジオは「君が代」の後、この玉音(天皇の肉声)を放送した。海外放送により玉音は前線の日本軍将兵、外地の在留邦人の耳にも達した。この放送により、未曾有の被害をもたらした戦争は終わった。

 

🔻新憲法公布 1946年(昭和21年)11月3日

新憲法公布の日。11月3日。私どもの大きな喜びと深い決意を込めて、新憲法公布の意義深い記念式典は、いま、白亜の国会議事堂、貴族院本会議場に天皇陛下のご臨席を仰いで挙行されようとしております。 
ただいま陛下には新憲法公布の勅語を給うのであります。 

「本日、日本国憲法を公布せしめた。 
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであって、国家再建の基礎を人類の

 普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によって確定されたのである。 
 すなわち、日本国民(ニッポンコクミン)は自ら進んで戦争を放棄し、全世界に正義と

 秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、

 民主主義に基づいて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたのである。 
 朕は国民とともに全力をあげ、あい携えてこの憲法を正しく運用し、節度と責任とを

 重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するように努めたいと思う。」

 

 

🔻Newsweek 天皇単独インタビュー 1975年9月

たった一度の#昭和天皇 インタビュー

昭和50年(1975年)NBCニュース エドウィン・ニューマン記者
 

エドウィン・ニューマン記者:

1945年(昭和20年)に戦争を終結するに際しまして、

陛下がどの程度に関与しておられましたでしょうか。

また陛下のご行動なりご意志なりの動機になりましたことはなんでがありましたでしょうか?

 

天皇:

こういうことは内閣がすべきことでありますから、報告は聞きましたが、

最後の御前会議において、いろいろ各議論があって、まとまらない結果、

私に決定を依頼しましたから、私は終戦を私の意見によって決定しましたと。

この動機については、戦争の結果国民の食糧事情も非常に悪くなって、

これ以上戦争を続けることは非常に国民をただ苦しむだけだと思いますから、

終結を決意いたしました。

 

【再録】1975年、たった一度の昭和天皇単独インタビュー2016年3月23日(水)15時50分Newsweek

” 89年1月に裕仁が亡くなると、本誌は天皇崩御を伝える臨時増刊号を発行。その中で、1975年9月29日号の英語版ニューズウィークに掲載された天皇裕仁の単独インタビューを転載した(日本語で出版されたのは初めてだった)。

 異例中の異例ともいえる、たった一度の単独インタビューは、75年の天皇の訪米直前に本誌東京支局長バーナード・クリッシャーが勝ち取ったものだ(記者の回顧録はこちら)。

 今回、これまでは誌面に載らなかったやりとりも含め、計32分間の貴重な記録をここに再現する。”

 

🔻天皇裕仁が外国の地を踏む 1971年9月

Emperor Hirohito of Japan Steps Foot On Foreign Soil (First Time!)

September 26, 1971: Emperor Hirohito becomes the first reigning monarch of Japan to step on foreign soil. President Nixon welcomed the Emperor at Elmendorf Air Force Base in Anchorage, Alaska where he was given a formal welcome with full military honors.

  *From the archives of the Richard Nixon Presidential Library and Museum.

 

大統領閣下、同礼夫人、並びに各位、

只今のニクソン大統領閣下の恩徳なる歓迎のお言葉に対し、深く感謝します。

この度、欧州7か国訪問旅行の途に同地に立ち寄ることとなりましたところ、

国務ご多端の折りであるに関わらず、ニクソン大統領閣下が礼夫人を伴われ、

親しく私どもを迎えるため、遠路遥々当地にまで出向かれたことは、

同大統領の私ども、及び、日本(ニホン)に対する並々ならぬご好意とご関心の

現れとして、私の深く感銘するところであります。

戦後、歴代の大統領、並びに米国政府、及び、人民が、我が国の及び建設に対し

物心両面において多大の援助を与えられたことは日本国民(ニホンコクミン)と共に

私の忘れえないところであります。

この機会に心からの謝意を表明する次第であります。

過去四半世紀の間に培われてきた日米両国の親善友好関係が両国官民総互の間の

緊密なる接触と協力により、今後ますます強化されるであろうことは、
私の信じて疑わないところであり、ここに重ねて大統領閣下の合意を感謝すると共に
米国の繁栄を祈るものであります。
 

 

 

 

似非右翼が跳梁跋扈する25年総裁選

 

 

 

【高市早苗】日本の価値を高め、日本人としての誇りと自信を持つ。