【司法の犯罪】元オウム 菊池直子さん無罪確定までの22年(逃亡17年 拘留3年半) | ☆Dancing the Dream ☆

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警察、検察、裁判所…
司法の犯罪は、いったい誰が取り締まればいいのだろう?

今までも警察は、その気になれば、難癖をつけて、
公務執行妨害、軽犯罪法違反、道路交通法違反など、
狙った相手は誰でも逮捕できるし、
冤罪であっても自白するまで拘置所にいくらでも拘留できる。
つまり、警察とは、思いのままに実力行使できる公的な暴力装置だ
といっても差し支えない組織であることは、もう隠しようがない。

そのような強大な権力をもった警察は、安倍政権下で、
刑事訴訟法、盗聴法、秘密保護法、
ヘイトスピーチ規制法、共謀罪、という悪法を手に入れ、
とうとう望みどうりの警察国家が完成した。

人を逮捕する特権を過激に行使するならば、
一気に権力を拡大する。
ドイツのゲシュタポのゲーリングや、ソ連のベリア、
イラクのフセインなどが行った大粛清である。

これと同じパターンなのが、
現在の安倍政権。
政権の中枢に警察官僚がいる。
内閣副官房長官は、
警察官僚、元・内調である。

ちなみに
ゾルゲ事件という重大な冤罪を犯した検察官は、
戦後、検察のトップになった。
井本台吉、布施健は、戦後 検事総長になった。
ゾルゲ事件では主任検事の吉河光貞は、
「思想の吉河」(思想課の思想検事)の名をたかめ、
戦後、法務庁特別審査局長,公安調査庁長官を経て、
広島高検検事長になった。
井本と吉河は、「砂川事件」の担当検事だった。
布施健は、「下山事件(国鉄総裁轢死事件)」の主任検事でもあった。
また田中角栄が逮捕された「ロッキード事件」の時は検事総長であった。

村木厚子さんの「郵便割引不正事件」
郵便料金の割引制度の不正利用があったとして
大阪地検特捜部に逮捕され無罪となった事件。
検察は、証拠であるフロッピーディスクを
改ざんしていたことが発覚し、
担当主任検事はじめ元特捜部長、元特捜副部長が逮捕され、
検事総長の引責辞任にまで発展した。
その捜査で、直接、村木さんを取り調べた
國井弘樹という検察官も処分を受け、現場から外されていたが、
2017年9月の特捜のある東京地検に人事異動になっている。

日本は、罪なき人に濡れ衣を着せて
何とも思わない冷血役人が大手を振る恐ろしい国だ。

心ある真っ当な裁判官は、
本当に貴重な存在だ。

菊池直子さんを無罪とした
大島隆明裁判長、池上政幸裁判長の正義の判決に
拍手を送りたい!

また、江戸川区の女子高生絞殺事件に関して、
性犯罪などは非公開とする決りに反して、
東京高裁が、誤って事件の判決文を
ウェブサイトに公開してしまったことを指摘するために、
敢えてこの件をツイートした岡口基一裁判官!
白ブリーフ姿で、旗を立て、
私たちに指標を示してくれる大事な存在だ。
被害者のご家族に岡口氏の真意が伝わりますように…。

岡口裁判官の〈白ブリーフ姿自撮り〉が
日本の自由度のバロメーター❣️
岡口裁判官の白ブリーフ姿が見られなくなったら
いよいよ日本もお終いだ。
白ブリーフforever❣️👌

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【菊池直子さん 無罪確定までの経緯】
1995年3月20日
地下鉄サリン事件 サリン製造プロジェクトに関与し
殺人及び殺人未遂の容疑で警察から特別指名手配された。

2012年6月3日
約17年もの逃亡生活ののち、
相模原市緑区の潜伏先で警視庁捜査一課 担当刑事に
任意同行を求められる。
警視庁本庁への身柄送致され捜査官が照合作業を行った結果、
女性が菊地本人であると確認し、
警視庁が殺人及び殺人未遂容疑で逮捕令状を執行し、通常逮捕。

2012年6月24日
地下鉄サリン事件では処分保留となり、
3件のVXガス事件で殺人及び殺人未遂で再逮捕。
3件のVXガス事件も処分保留となる。

2012年7月15日
東京都庁小包爆弾事件における
殺人未遂と爆発物取締罰則違反容疑で再逮捕。

2012年8月6日
東京都庁小包爆弾事件における
殺人未遂罪と爆発物取締罰則違反の各幇助罪で起訴された。

2014年5月8日
東京地方裁判所で裁判員裁判の初公判が行われた。

2014年6月30日
判決公判で東京地方裁判所は
「劇物などと記された薬品を運んでおり、
薬品で危険な化合物が作られることを容易に想像できた」
「(教団施設への強制捜査されており)教団が
人の殺傷を含む活動をしようとしていると認識していた」として
殺人未遂幇助罪の成立は認めた。
「爆発物がつくられるとまでの認識はなかった」として
爆発物取締罰則違反幇助罪の成立を認めず、
懲役5年(求刑懲役7年)の判決を言い渡した。
一審判決(杉山愼治裁判長、江美健一裁判官、戸塚絢子裁判官)は
検察寄りの非合理な有罪判決となった。
即日、判決を不服として東京高等裁判所に控訴した。

2015年5月13日
控訴審がはじまり改めて無罪を主張。

2015年11月27日
東京高裁、大島隆明裁判長は、一審の裁判員裁判の判決を覆し、
無罪判決を言い渡し、東京拘置所から釈放された。
約3年半の拘留生活から解放される。
裁判では、菊地被告が薬品を運んだ際、
事件に使われると知っていたのかが焦点になった。
弁護側は「被告は何のために薬品を運ぶのか説明されておらず、
人の殺傷につながるとは認識できなかった」と無罪を主張。
一審で重要な証拠となっていた井上嘉浩死刑囚の証言の信用性を、
「井上証言は不自然に詳細かつ具体的で信用できない」と
高裁では認めなかった。
http://lite-ra.com/2015/11/post-1726.html

2015年12月9日
検察側は「井上死刑囚の証言が信用できないとする根拠が
十分に具体的とは言えず、
裁判員裁判の判決を尊重すべきだとした最高裁の判例に反する」
などとして上告。

2017年12月27日
最高裁で検察の上告が棄却され、無罪が確定した。
一連のオウム真理教事件で起訴された教団関係者193人のうちで、
無罪判決を得たのは菊地と杉浦実(1997年)のみである。
最高裁第一小法廷(池上政幸裁判長、大谷直人裁判官、
小池裕裁判官、木澤克之裁判官、山口厚裁判官)




有田芳生@aritayoshifu
オウム元信者、菊地直子被告の無罪判決を歓迎する。
検察は新証拠もない虚しい上告をすべきではない。
そもそもサリン事件やVX事件で不起訴だったのに、
都庁爆破事件で起訴したことが間違いだった。
逃走を続けた本人の責任ではあるが、
作られた「走る爆弾娘」イメージに引きずられすぎたのだ。
午後2:16 · 2015年11月27日

寺澤有@Yu_TERASAWA
籠池夫妻の長期勾留が問題になっていますが、
覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、「警察のでっち上げだ」
と冤罪を訴えたら、400日以上も勾留されるのがふつうの話なのです。
その間に、会社はつぶれ、家庭は崩壊しています。
国民が司法の現実を知らなすぎて怖いと感じます。
桜井昌司、青木惠子が冤罪仲間の盛一克雄の支援を表明
https://www.youtube.com/watch?v=Fu7fZdrqioc&feature=youtu.be
午後1:45 · 2017年11月28日

寺澤有@Yu_TERASAWA
自分がいわれなき罪で逮捕、勾留され、冤罪事件の当事者になって
初めて気づく人が多いということです。
日本の刑事裁判の有罪率が99・9%以上だということも。
完全に手遅れ。だから、
いつも私が言うように、自分が当事者になる前に、
日本の刑事裁判を変える努力をするべき。
2017年11月28日

岡口基一@okaguchik12月28日
市民は報道によってある程度の先入観を与えられる。
裁判がなされる前からマスコミが有罪視する大量報道を行い、
事実上、裁いてしまっているのが現実だ。


【警察検察という暴力団】警察 検察を取り締まる外部組織が必要だ!


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菊池直子さんが、唯一、
手記を寄せた月刊誌『創』の編集長 篠田博之氏が、
当時の手記全文を公開して下さっています。↓
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20151129-00051947/


『創』2015年8月号
菊地直子さんが書いた手記の一部


《私に地下鉄サリン事件の殺人・殺人未遂容疑で逮捕状が出たのは平成7年(1995年)5月16日のことです。地下鉄サリン事件が起きたのは、同年の3月20日のことです。事件が起きた直後、教団への強制捜査がせまった為に私が林泰男さんと逃走を始めたとか、八王子市内のマンションで潜伏していたなどの報道が一部でされていますが、それは正しくありません。逮捕状が出る直前まで、私は強制捜査の行われている山梨県上九一色村のオウム真理教の施設内で普通に生活をしていました。こんな事件を教団が起こすはずがないと思っていた私は、この騒動も直に収まると考えていて、まさかその後自分に逮捕状が出るなど夢にも思っていなかったのです(逃走生活が始まってからも、しばらくの間、私は地下鉄サリン事件は教団が起こしたものではないと信じていました)。》
《私は全国指名手配されて逃げているうちに、自分が地下鉄サリン事件で使われたサリンの生成に、なんらかの形で関与してしまったのだろうと思いこんでしまっていました。しかし、よくよく思い出してみると、指名手配になった当時は「なんで私が?」「幹部と言われている人達とたまたま一緒にいたからかなあ?」などと思っていたのです。
 後になってから、「あの作業がサリンと関係していたのだろうか?」と考えてみましたが、私と一緒にその作業をしていた人は、地下鉄サリン事件では逮捕されていません。「薬事法違反」で起訴されているだけでした。「それでは何が?」と考えても他に思いつきませんでした。結局、何がサリンと関係していたのかがはっきりしないまま、私は17年も逃げ続けてしまったのです。》
《逮捕されて約2年後の昨年の5月、私の裁判(都庁小包爆弾事件)が始まりました。この裁判の一審では、私が教団内でどのような活動をしていたのかが詳細に審理されました。つまり私がサリン生成に関与していないということが明らかにされたのです。
 そして同年6月30日、私は懲役5年の有罪判決を受けました。起訴時の罪名は爆発物取締罰則違反ほう助と殺人未遂ほう助でしたが、爆発物を製造し使用することについては認識が認められず、ほう助罪は成立しないとされ、殺人未遂ほう助のみが認定されました。私はこれを不服として即日控訴しました。》

《一審の有罪判決直後に、私はある報道を知ることになり、自分が今だに地下鉄サリン事件の犯人であると世間から認識されていることに気付きました。私は狐につままれたように感じました。私は地下鉄サリン事件では起訴されていません。加えて、サリン生成には関与していないことが裁判で明らかになったばかりです。傍聴席にはマスコミの専用席が設けられており、その席が割り当てられた司法記者クラブの人達は、私の裁判を通しで傍聴しているはずです。であるのにかかわらず、なぜ私が地下鉄サリン事件に関わったかのような報道が、その裁判の直後に流れるのでしょう。
 裁判で有罪判決が下されたことのショックに加え、私はただただ失望を感じることしかできませんでした。》
《控訴審の準備を進めていた昨年(2014年)の終わり頃、私は創出版・篠田編集長の『生涯編集者』という本を拘置所内から購入しました。その中に「ロス疑惑」で有名になった故・三浦和義さんの記事が載っていました。なんと彼はマスコミ相手に約500件もの裁判を起こし、そのほとんどに勝訴したというのです。初めてこれを読んだ時、「ふ~ん、すごいね」とは思いましたが、他人事でした。自分にこんなことができるとは想像できなかったのです。
 ちょうどその頃、私は両親との関係に悩んでいました。両親は定期的に面会に来てくれていましたが、私には両親が自分をコントロールしようとしているようにしか感じられず、面会の度に強い恐怖を感じていたのです。
「いったい何がこんなに恐怖なのだろう?」
 この状態から抜け出したくて、私は幼少期の体験まで思い起こして、必死にその原因を探ろうとしました。そしてやっと、無意識的にある思考パターンに陥っていることに気付いたのです。そのパターンとは、「話してもどうせわかってもらえない」「わかってもらえなくて傷付くだけ」、だから「最初から話さない」、もしくは「一度話してだめだったらすぐにあきらめてしまう」というものでした。
 そのことに気付いた時、私は初めて、傷つくことを恐れずに自分の思っている事を相手に伝えようと思いました。そう決意して面会したところ、それまでは全く伝わらなかったこちらの意思がすんなりと相手に伝わったのです。それは劇的な変化で、いったい何が起きたのかと呆然としてしまったほどです。》

《私はそれまで、マスコミに対する極度の不信感から、徹底的に自分の報道から目を背けてきました。弁護士の先生との会話で自然に入ってきてしまうものはありましたが、特に週刊誌や新聞など紙媒体のものは、逃走中も含めてほとんど目にしていないのです。
 私は初めてこれらと真正面から向き合う決意をしました。今までの自分の報道に全て目を通そうと考えたのです。そしてもし間違った報道があったならば、きちんと抗議をし、それでも間違いを認めてもらえないならば、法廷という公の場で第三者にきちんと判断をしてもらおう。そう思ったのです。》
《それは、自分の刑事裁判の体験から生じた思いでもありました。判決は「有罪」でしたが、裁判を傍聴していた(面識のない)方から、「本当に知らなかったんだなと思った」「(私の)証言に説得力があった」等のお手紙を頂いていたのです。
「裁判官には伝わらなかったけど、一部の人達には確実に伝わったんだ」
 この体験は、「どうせわかってもらえない」と感じたことについては、最初から話さない癖のある私にとって、大きな成功体験になったのです。
 私はまず最初に週刊誌の記事を集め始めました。案の定、事実無根の記事ばかりでした。想定していたとはいえ、あまりにもひどい内容に意気消沈しましたが、気を取り直し、その中でも特にひどかった『週刊新潮』『週刊文春』『週刊実話』の三誌に内容証明郵便を送りました。》