⑥ファシストの系譜 ~田布施システムとサムライ蟻 | ☆Dancing the Dream ☆

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歴史を学ぶということは、
つくづく自分たち民族の反省のためにあると思わされる。

日本では、いつの時代にも、
権力を握った者が、
系図偽造を行ってきた。
あるいは、権威は、系図偽造によって作られてきた。
権力者の迷路のような系図を辿れば
ネームロンダリングにぶつかる。
そして、歴史は欺かれ、煙に巻かれる。

天皇制の万世一系などは、もちろん虚構だが、
そればかりでなく、概ね権威を必要とする者らは、
尽く自らの系図偽造も行ってきた。

しかし、これとは逆に、
今上天皇明仁様は、この絡まった糸を解きほぐす如く、
折に触れ、正しく「歴史に学ぶ」ことの重要性を
示唆するご発言をされてきた。

そして、68歳になられる前に、
自らの朝鮮ゆかりの系譜を自らの言葉で発せられた。

「日本と韓国との人々の間には、古くから深い交流があったことは、
 日本書紀などに詳しく記されている。
 韓国から移住した人々や招聘された人々によって
 さまざまな文化や技術が伝えられた。
 こうした両国の文化交流は日本のその後の発展に
 大きく寄与したことと思っている。
 私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると
 続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じている。
 武寧王の子・聖明王は日本に仏教を伝えたことで知られている。
 武寧王は日本との関係が深く、この時に五経博士が代々、
 日本に招聘されるようになった。
 宮内庁楽部の楽士の中には当時の移住者の子孫で、
 代々、楽士を務め、今も折々に雅楽を演奏している人がいる。
 しかし残念なことに、韓国との交流はこのような交流ばかりではなかった。
 ワールドカップを控え、両国の人々が、それぞれの国が歩んできた道を、
 個々の出来事において正確に知ることに努め、
 個人個人として互いの立場を理解していくことが大切と考えている。」
                       (2001年w杯に向けて・68歳の誕生日を前に記者会見)       


この連載記事で今まで書いてきたのは、
岸信介~安倍晋三の歪んだお家事情。
彼らが行ってきたのは、
婚姻による養子縁組ばかりでなく、
産まれたばかりの赤ん坊、年端もいかない子供、
自らの子供を取り引きし合うことだった。
家のために子供を道具をして用いてきたのである。
それによって形成された彼らの精神は、
捻れた系図にそのまま現れていると感じさせられた。

一般的に、
養子縁組というのは、血の繋がりのない者同士が、
夫婦、親子となり、
「名前を変えられる(=戸籍に掲載される本名を変えられる)」
ということである。
つまり、名前を変えるというのは、
相手の名が築いてきた信頼や権威、財産を譲り受けるということ。
例えば、名も無く余所者として抑圧された者が、
権力を欲するならば、合法的かつ実に早道の必殺技だったのかもしれない。
そして、得た名の地盤を堅固なものにするために、
代々この手法が慣習化されていくのが閨閥のあり方である。

そればかりでなく、中には、外国籍の者、被差別者、密入国者などの
いわゆる「背乗り」と呼ばれる犯罪的な戸籍ロンダリングが、
ある特定の街ぐるみで行われることもあると云う。

島国日本にも、大陸と同じく、
長い時間片時も止まらない潮流のように
入り込み混ざり合う外来の民がいたはずだ。
日本は、単一民族国家であろうはずもなく、
長きに渡って、支那、新羅、高句麗、百済を始め、
マレー・インドネシア、インド天竺シルクロード経由の民、
西アジア系、南アジア系、東南アジア系、中南シナ系の民、
海洋民族らが海を越えやって来て、
やがて、入り混じった多民族国家なのだ。
私たちは、その混血なのだ。

移民、また、亡命した先の大地で、
外来の民が根ざし系譜を広げる中には、
明仁天皇が云われるように、
文化交流と、また、諍いもあっただろう。
新たな外来人は有益な文化の伝播者であり、
同時に脅威の侵略者でもあった。

先日、庭木の害虫について調べているうちに、
寄生」という言葉に、興味をもった。
日常会話で使われる場合は「厄介者」をイメージされるが、
自然界では、これも一つの「共生」のあり方なのだそうだ。

寄生にも色々なスタイルがあって、
ノミやダニなどの外部寄生、お腹のムシなどの内部寄生、
ウィルスなどの細胞内寄生、
宿主の働きの成果を横取りする労働寄生、
サムライ蟻などのように他所の巣から子供を盗み
奴隷にして搾取する社会寄生など。

なるほど、宿主が寄生に対して、
なんの迷惑も感じず、
頓着しなければ、
それは、「共生」なのだろう。

私たちも、サムライ蟻が寄生する宿主のように、
子供を盗まれ、奴隷化されていたとしても、
「すばらしい教育をしてくれて、ありがとう!」と言ったり、
「しかたないね。でも分け前を少しは頂戴ね。」などと
既成事実とあきらめてしまうならば、
これは、立派な「共生」なのである。

しかし、サムライ蟻は、
なぜ、そのようなとんでもない蟻になってしまったのか?
サムライ蟻は、子育て、エサとり、巣の掃除、
また女王アリの世話など何でも奴隷にやらせているうちに、
奴隷に口移しで食べさせてもらい、
自分ではエサを食べることができず、
奴隷がいなければ生きていくことができない蟻に
進化?したのだと云う。

それにしても、奴隷蟻はなぜサムライ蟻にそうまで仕えるのか?
蟻の体表は炭化水素というワックス成分におおわれており、
このワックス成分の組成は種類やコロニーごとに異なる特有のものだ。

蟻は触覚でワックス成分を確認して、敵味方を見わける。
サムライ蟻はその習性を利用して、
自分のワックス生産を抑え、宿主のワックスを自分の身にまとって、
味方に成りすますのである。
よって、奴隷蟻は、サムライ蟻を味方と思い込んで
自分が奴隷だという自覚がないまま世話をしているのだそうだ。

サムライ蟻の成りすまし作戦は、
人間界の権力を熱望する者らのやり口に似ていはしまいか?

鹿児島の田布施
小泉純也・・鹿児島の東加世田の朝鮮部落に生まれた。
旧姓は、鮫島という。
小泉純也とは、小泉純一郎の父である。

家は貧しく、小学校を卒業すると、
朝鮮銀行の茶汲み、呉服屋の丁稚、職工など職を転々とし、
後に代議士の書生となり、夜学に通わせてもらい、
昭和5年に日本大学法学部を卒業した。
しかし、昭和5年に日本大学の卒業名簿には、
鮫島姓は存在しない。
純也が、鮫島姓を名乗るようになった経緯は不明である。

その後、刺青大臣と渾名される小泉又次郎の娘・芳子と結婚し、
小泉又次郎の養嗣子となり、名を小泉純也と改めた。

高野山真言宗・鹿児島高野山・最福寺の住職、
池口恵観。元の名は、俗名・鮫島 正純(さめじま まさずみ)。
北朝鮮に本部を持つ朝鮮総連の大幹部である。
鮫島純也のいとこであると言う。



さて、小泉純也の出生地は、鹿児島の東加世田と述べたが、
ここは、元々は、「田布施」と呼ばれた土地であった。
鹿児島県阿多郡田布施村。
合併により金峰町となった後、現在は南さつま市となった。


山口の田布施
そして、「田布施」という地名は、もう一つ存在する。
山口県熊毛郡田布施村。町制施行、周辺の村との合併を経て、
現在は田布施町と云う。
田布施とは、光市と柳井市に挟まれた朝鮮人部落の寒村であった。

なぜ朝鮮人部落の小さな寒村が、
近代日本に多大な影響力をもった人物を排出してきたのか?



明治維新以降、近代日本の指導者のうち、
山口の田布施の出身者は、あまりにも多い。

【山口の田布施出身者】
大室寅之助(明治天皇替え玉説?あり)
伊藤博文(初代総理大臣)
岸信介(安倍晋三・祖父/A級戦犯/CIA裏取り引き釈放/
     (右翼の子分)児玉誉士夫・笹川良一)
佐藤栄作(岸の実弟/岸内閣時大蔵大臣)
松岡洋右(元外務大臣/満鉄総裁)
安倍源基(最後の内務大臣/初代特高警察部長/
      赤狩りの安倍=小林多喜二の拷問死)
木戸幸一(最後の内大臣/天皇秘書『木戸日記』著者)
河上肇(京大教授マルクス経済学者)
鮎川義介(日産コンチェルン創始)
宮本顕治(戦前の非合法政党時代の日本共産党活動家)
北村サヨ(天照皇大神宮教の教祖(踊る宗教:聖地・石城山)/
       岸信介巣鴨プリズン収監の際に総理になると予言/
       自民党参議・北村経夫は孫)
弐キ参スケ(=2キ3スケ/満州利権、軍財官の5人の実力者者
=東條英機(とうじょうひでキ、離満前役職:関東軍参謀長)
 星野直樹(ほしのなおキ、離満前役職:国務院総務長官)
 鮎川義介(あいかわよしスケ、満業社長(満州重工業開発株式会社)
 岸信介(きしのぶスケ、離満前役職:総務庁次長)
 松岡洋右(まつおか ようスケ、離満前役職:満鉄総裁)







フルベッキ群像写真
在米オランダ改革派教会から派遣されたオランダ出身の宣教師
グイド・フルベッキとその子を囲み、上野彦馬のスタジオで撮影された
44名の武士による集合写真。明治維新の志士らが写っている。
明治元年もしくは2年(1868年?1869年?)の撮影と言われる。
フルベッキと、佐賀藩が長崎に設けた英学校「致遠館」の学生とされる。
中央40番に写っているのが、大室寅之助。



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犬丸勝子さん、参院選 東京都選挙区より立候補。
政見放送でいきなり不正選挙を訴えた方(←スゴイ!)です!
犬丸勝子さんは、
元小学校教師。私塾を経営し、
後に母親の経営する会社の役員となり
会社が経営する通所介護施設でも生活相談員としても勤務。
母親が亡くなったため、後を継いで会社代表となる。
NPO(福祉教育国際交流のホームズ)の理事長。
ノンフィクション作家でもある。


 
 
 『日本のいちばん醜い日』の著者
↓鬼塚英昭氏が語る 明治天皇替え玉説「田布施システム」