ファミリービジネスから離脱し、ソロの道を模索して、
「Off The Wall」「Thriller」と大進撃の波に乗る頃のことでした。
ジャー兄が戻ってきて、フルラインナップを望む家族から
ジャクソンズとしてのツアーへの参加を懇願されますが、
マイケルは、なかなか首を縦には振りません。
当然ですね。マイケルがツアーをやるなら、
本来は「Thriller world tour」でしょうから。
そこで、マイケル陥落のための最終兵器、
キャサママが断ってのお願いを申し出ます。
マイケルは、愛するキャサママのお願いだけは、
断ることができません。
マイケルは、「これが最後。プロデュースは全てボク。」
という約束で Victory Tourへの参加を受けることになりました。
しかし、マイケルの予想どうり、例によって例のごとく、
舞台裏では大混乱に悩まされたツアーだったそうです。
興業主のドン・キングが計画したチケット販売の手法は、
いわゆる、over a controversial ticket-lottery systemというもので、チケットは4枚セット限定で、取れるかどうか未確定のチケットに、3万円に近い金額を最初に送金しなければならないという、怪しげなものでした。
これは、実際に、訴訟にまで発展するような金銭トラブルが後々まで付き纏う問題の多いシステムなのです。
マイケルはこのシステムには断固反対し、会見で、
このツアーのマイケルのギャラは、
全て慈善団体に寄付するということと共に、
このシステムを廃止し、通常の販売を行うことを発表しました。
ジャッキーが足を怪我して前半出場できず、
マイケルの精神的肉体的負担は大きく、
脱水症状となり、その疲労の極限の様子は、
映像でも感じ取ることができました。
また、このツアーの資金を賄うために、
スポンサーを必要とし、
マイケルは、過度の露出を控えていましたが、
ペプシのCMを撮ることになります。
この時、撮影で使用したファイヤーワークの事故によって
負った頭部への火傷は、
その後、マイケルが亡くなるまで、
何度も皮膚の再生手術を繰り返さねばならない後遺症を残し、
それまで、どんな薬物も遠ざけていたにもかかわらず、
処方された鎮痛剤の中毒に陥ってしまいました。
そればかりか、この事故が引き金になった
薬物中毒という問題は、その後のマイケルの人生に暗い影を投げかけ、
結果的にマイケルの死の遠因になってしまったのです。
さて、下の動画は、
Victory Tourの Dallas(Texas Stadium)、
July 13, 1984
July 14, 1984
July 15, 1984 の三日間のいずれかのものです。
30年も前のものなんですね~~!
もう一つ下の動画は、
ツアーの後半戦の
カナダのToronto(CNE Stadium)、
October 5, 1984
October 6, 1984
October 7, 1984 のものです。
こっちのほうが、画像がキレイ。
このライブのストーリーは、
『The Sword in the Stone(王様の剣)』の物語を
ベースに作られています。
マイケルは、オープニングに出てくる大きな怪物を、
" Kreetons クリートン"と呼んだそうですが、
トーベ・ヤンソンのムーミンに出てくる
"モラン"にそっくりです(°∀°)b
アーサー伝説は、ケルトに由来するという説も
あるそうですので、どうでしょう?
どこかで、つながっているのでしょうか?
ググってみると、" Kreetons クリートン"って、
「Helmet Heroes」というオンラインゲームの中に
出てくるみたいですが、
意外にオタクのマイケルのこと、
ここから来てたりして~~( ´艸`)

ムーミンのモラン *モランはケルト語で大きいという意味
モランは不気味な生き物。その恐ろしい存在感は、行くところどころで、みんなを怖がらせます。急に目の前に現れ、ただ黙っているモランから出る冷たいオーラは、地面までも凍らせてしまいます。
モランについて知られていることは少なく、モランは誰も好きではなく、そして誰もモランを好きではありません。たいていの場合、モランは、その大きな丸い目で脅すようにこっちをじっと見つめ、そして気が済むと同時に、姿を消してしまいます。ムーミン一家もまた、モランを怖いと感じる一方で、モランの絶望的な孤独感に同情しています。
The Jacksons - Live Victory Tour in Dallas 1984 - Full
The Jacksons: Victory Tour Live in Toronto, Canada,
October 1984 [HQ] (FULL)