マイケルの「Days In Gloucestershire」と J・バリー | ☆Dancing the Dream ☆

☆Dancing the Dream ☆

Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆

『Days In Gloucestershire』の
前記事(←クリック・和訳あり)を書いていて、
歌詞の内容から、ピーターパンの話をしていて・・

ふと思い出したのですが、
ピーターパンの作者ジェームス・バリーさんは、
たしかグロスタシャーの邸宅に
住んでいたことがあったような。。ひらめき電球キラキラ

車でイギリスの南のブライトンから
ロンドン、コッツウォルズ、
ぐるりと湖水地方へと旅をしたとき、
グロスタシャーも通ったんですけれど、
バリーさんが20年代に住んでいたという、
Stanway House というのがありました。
小さな村に大噴水をもつマナーハウスがあるのです。

もしかすると、
マイケルの「Days In Gloucestershire」は、
ここもイメージの中にあるのかもしれない?と・・。
J5が欧州ツアーの時にグロスタシャーを訪れていたなら、
マイケルも、Stanway House を
見学したかもしれないですね~ラブラブ


バリーさんが描き出したピーターパンの住む楽園、
ネバーランドの名を戴いた
マイケルのシカモア牧場のネバーランドは、
ちょうどマイケルたちが「Days In Gloucestershire」を
書いていた2003年、警察の家宅捜査によって酷い有様で、家族は敷地内のバンガローに身を寄せていたと言います。


もう二度と住む気持ちになれないほど
荒らされてしまったというネバーランド。
これは、私のまったくの想像ですが、
落ち込む気持ちを立て直すために、
バクサーと書いたという「Days In Gloucestershire」は、
マイケルが、漠然と第二の我が家をグロスタシャーにような場所に・・と思い描いて作られたのかもしれません。



マイケルが、裁判後、腰を落ち着け、
曲作りを行ったのも、
なんとなく Stanway,Gloucestershire と趣が似た、
アイルランドの WestmeathのCoolatore House でした。



Days In Gloucestershire


グラスタシャーのStanway House






調べてみると、
ジェームス・バリーさんは、
第一次世界大戦終了後、
長期間グロスターシャーのStanway Houseで過ごし、
Stanwayのクリケット場にパビリオンを建設する費用を都合し、当時の著作家の同志を集めてクリケットチームを
結成していたのだそうです。
そのチームは、シャーロック・ホームズの著者コナン・ドイル、
SF作家H.G.ウェルズ、クマのプーさんなどの児童書作家A.A.ミルン、文学者で詩人のウォルター・ローリー、ユーモア作家のP.G.ウッドハウス、詩人のアルフレッド・テニスンの子息などがメンバーだったとか。


Stanway, Gloucestershire

『ピーター・パン』物語の源泉となったのが
親しく交流した隣人の美しい夫人とその5人の子供たち。
小説の語り手である「私」は、バリー自身で
その会話の相手役であるデイヴィッドは、
長男ジョージ、ピーターと言う名は3男ピーターから、
そして、ピーターパン像のモデルになったのが
四男のマイケルです。
バリーさんは、子供たちの両親の死に際して、
彼らを養子に迎えますが、
長男ジョージは第1次世界大戦で戦死(1915年)、
4男マイケルが溺死(1921年)。
バリーさんがStanway Houseで暮らし始めたのは、
ちょうどこの頃のことのようです。

「彼こそが生きがい」と言っていたマイケルを亡くし、
その傷心を癒してくれるかのような
美しいグロスタシャーのStanway Houseで
1920年代を過ごしたのですね。