ミスター・ブレインウォッシュのクソ作品は、クソニーほどクソではない! | ☆Dancing the Dream ☆

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この不愉快なシルクの作者、
ミスター・ブレインウォッシュの作品が、
「Xscape」デラックス・エディションのなかに仕込まれた
折りたたみポスターになっているのだそうだ。

映像センスゼロの男をミスター・ブレインウォッシュとして、
アーティストに仕立ててしまった男、バンクシー氏の言葉を借りれば・・
どうやら、赤字500億円…電機大手で「独り負け」のソニーは、
クソのような作品をバカに売りつけるつもりらしい。。

しかし、
BANKSY(バンクシー)の論に寄れば・・[ずずっと下記をお読みください]・・
ミスター・ブレインウォッシュと彼のクソ作品は、
「現代アートとその審査委員会」ほどクソではない。・・と。
たしかに、ミスター・ブレインウォッシュと彼のクソ作品は、
マイケルのオリジナルを、
「クソな現代アート」に改造した、
クソニーほど、クソではない!
・・と思う。



タイトル:Michael Jackson Thriller OG
Mr. Brainwash
864,000 円
サイズ 760mm × 560mm
技法 シルクスクリーン
アクリルハンドペイント
ED:1/1

*OG=Original Gangster



タイトル:Michael Jackson Monroe
Mr.Brainwash
410,400 円
サイズ:縦 760mm × 横 560mm
技法:シルクスクリーン
ED:15

      
タイトル:The King of Pop
Mr.Brainwash
350,000円(内税)
サイズ:22インチ×30インチ
技法シ:ルクスクリーン
ED: 250



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そもそも、
ミスター・ブレインウォッシュとは何者か?



LA在住フランス人のちょっとキュートなアマチュア映像作家、
ティエリー・グエッタのことである。

ティエリー・グエッタは、
警察の取締りにも怯むことなく描き続けるストリートアーティストを
追いかけて撮影しているうち、
ミステリアスなアーティストBANKSY(バンクシー)との
接触に成功する。

BANKSYとは、
誰もその素性を知らない
大胆不敵な活動で世界的に注目集める覆面アーティストである。

グエッタは、バンクシーの貴重な作品製作の一部始終を
記録することを許されることとなる。
しかし、やがて、バンクシーは、
グエッタが映画監督としての才能はゼロであることに気付いてしまう。

そして、彼らの立場は逆転し、
バンクシー自らが監督してグエッタの映画を撮ることになる。
いつの間にかグエッタは、
バンクシーによってグラフィティーアーティストに仕立てあげられていくのだった。
しかしてバンクシーの『クソのような作品をバカに売りつける方法』の実験が始まる!!!!

この一風変わったドキュメンタリー映画は、
バンクシーの監督作品、
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』となる。

これは、元々は、
『クソのような作品をバカに売りつける方法』というタイトルにするつもりだった作品である。( ̄▽+ ̄*)
この作品、なんと2010年度のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。

つまり・・・
ミスター・ブレインウォッシュという「大化けアーティスト」と、
彼が描く「クソ作品」、全部こみこみで、
バンクシーの極めて皮肉な作品である。・・
と言えるのかもしれません。
そして、誰だって絵描きだということ~にひひ



            


バンクシーは、夜中に壁に絵を書いて
逃げる。
警察を煙に巻く。

ロンドンを中心に活動する覆面芸術家。
反資本主義・反権力など政治色の強いグラフィティ、
ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。

2005年、メトロポリタン美術館や大英博物館などの館内に、
自らの作品を無許可で展示し、
しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことが話題となった。
一部の人々からは「芸術テロリスト」と呼ばれている。

世界のトップ企業であるソニー、ナイキ、マイクロソフトや、
トップミュージシャンのデヴィッド・ボウイ、
オービタル、マッシヴ・アタックなどのオファーを断っている。

サザビーズのオークションでは作品計6点が
総額37万2千ポンド(日本円で約8500万円以上)で落札された。

ザ・シンプソンズのオープニング・アニメーションをディレクションした。
シンプソンズのアニメーションやグッズの大半が作られているアジア地域の劣悪な労働環境を痛烈に風刺した内容であった。
      ↓

バンクジーのディレクションのザ・シンプソンズ


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『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』&
バンクシーのインタビュー



バンクシー監督作品『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』全編

Q:映画について語っていただくあなたはバンクシーさんご本人ですよね?
インタビュアーが偽者に騙されるという話も聞きますが・・・。

A:偽者か…。それも悪くはないけど、僕は複数存在:するわけではないから、偽者だろうと何だろうと何者かに「なる」ということはたやすくないよ。それから僕は自分の映画をきちんと受け止めてもらいたいと思っているのと反面、あまり多くは語りたくないんだ。オチを明かして台無しにしたくもないからね。かと言って白紙のものを発表して、観客がそこに好き勝手絵を描くわけにもいかないし。

Q:あなたの顔写真がメディアに公表されて以来、街で気づかれたことはありますか?

A:二、三年前にある男がバンクシーを名乗ってショアディッチのクラブにただで入ろうとしたんだけど、それがバレた途端にグラフィティ・アーティストたち全員に外に放り出された。いずれにしても巷に流出した僕の顔写真についてその都度コメントする気はないね。
母親は僕がバンクシーだということを知ったとき、「まったくあなたにはがっかりしたわ」って言ったんだ。何故かときいてみたら、こう答えた。「あなたがグラフィティ・アーティストなら、家の前にいつも駐車してあるバンにどうして落書きしないの?」ってね。

Q:あなたはどのような教育を受けたのですか?

A:学校では絵を描いていたけど、美術の専門学校に通ったことはない。
家には有名画家の作品のコレクションがあるけど、それらは全て贋物なんだ。僕自身が描いたものだからね。僕は気に入った作品があったら、写真に撮ったものを拡大し、そこから複製を制作するんだ。たまに部屋のカーテンに合わせて色を変えてみたりもする。有名画家の作品を購入する金がないからということもあるけど、もし本物のバスキアやピカソが部屋に飾ってあったら、家から一歩も出ることができないだろ!

Q:ご自身の名声にどう向き合っていますか?

A:メディアに晒されているというのはとてもつらいことだよ。精神的なたくましさが必要だ。人の意見にいちいち左右されないための硬い殻で自分を守らないとだめだ。中国の諺にこういうのがある。「甲冑の中で眠る者に休息はない」(*枕戈寝甲/戈を枕とし甲冑の中に寝る)
僕が自己の作者不明性に対してここまでこだわるのに、どうして雑誌で6ページの取材を受けるか不思議だろ? それは僕の偽善がノーベル賞ものだからさ。

Q:なぜ映画を撮ろうと?

A:アート制作を通した表現性と、それによってもたらされる身体感覚について言及する映画を撮ることはとても困難な作業だ。だからそれを試そうとすら思わなかったよ。そのかわりに僕らの映画はとてもシンプルな語り口で人生について、欲について、そして根拠のないヴァンダリズム(破壊行為)について描いている。すべては真実さ。特に皆が、自分が自分以上の存在であることを偽っている場面についてはね!
最初は『クソのような作品をバカに売りつける方法』というタイトルにしたかったんだ。配給会社はそれを了承したんけど、そのかわりに決してこの映画がドキュメンタリーだと言ってはだめだという。
そもそも映画を撮ろうとしていたわけではないけど、最終的には他に選択の余地がなかった。実はグエッタが僕のことを撮影し始めてから数ヶ月後に、僕はあることに気づいたんだ。それは、彼と街へ繰り出した後に家に帰ると、僕の話題の中心は決まってグエッタだったんだ。例えば橋を渡ったり、誰かが僕らの行動に気づいて追いかけてきたりしても、そんなことはどうでもよくて、僕のことを撮影していた気の狂ったあいつがしでかした些細な出来事でいつも爆笑してたんだよ。だから彼にカメラを向けようと考えたのは当然のことさ。
これは興味深い映画だと思うんだけど、観客にはあまり変な期待を持たないでもらいたいな。『アバター』のグラフィティ版っていうわけではないからね!

Q:この映画の狙いは?

A:映画『ベスト・キッド』が格闘技の世界にもたらしたような影響力を持ってほしいと思う。つまり世界中の子どもたちがスプレー缶を手にとって、次は自分の番だって思ってもらいたい。でも最終的には、この映画はストリート・アーティストたちにとって、水上スキーを楽しむ人々を脅かした『ジョーズ』のような存在になると思う。『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は別に悪ふざけなんかじゃない。最も誠実な映画の一例だと思っている。進行表があったわけでもシナリオがあったわけでもない。撮影の過程で僕たちは映画を撮っていたことに気づいたんだ。

Q:グラフィティという手段を用いて表現活動をおこなうのはなぜですか?

A:人々は革命を呼びかけるための、あるいは反戦を訴えるための手段としてグラフィティを用いてきた。そして多くの場合、それは発言力を持たない者たちの声を代弁するものとなる。何の手段も持たない時に表現を可能にしてくれる稀なツール、それがグラフィティなんだ。まあ、世界の貧困を食い止めるためのメッセージが描けなくとも、少なくとも壁に向かって立小便している奴をニコリとさせてやることはできるぜ!
僕はぜひみんなにグラフィティをやることを勧めたい。町を隅々まで歩いて、どうやったらそのどこかにちょっとした変化を加えることができるかを模索することはとても楽しいことだ。もし君たちにとって美術館が退屈な場所だとしたら、自分が描いた作品をコートに隠して持ち込み、こっそりと展示してみるというのはどうだい!

Q:あなたは自分の作品が保管されることを望んでいますか?

A:自分の車に落書きされたり、ノートを汚されたりすることに耐えられないような人間だったら趣味としてグラフィティはお勧めできないね!
僕の作品が後世に受け継がれるかどうか、現時点ではなんとも言えない。
ニューオリンズでの出来事だけど、車の部品や汚れたマットレスなんかがそこら中に散乱している通りに面した、廃墟と化した店の正面にペイントしたことがあった。ところが二時間後には僕の「作品」は消されていたんだよ! 実はその店はディーラーたちの隠れ家になっていて、家主は人目を引くようなことをしてほしくなかったんだ。 ただ一つだけ言えることは、もし作品を制作している途中で誰かに中断されたとしたら、たとえそれがいまいちの出来だとしても、その作品を欲しがる奴がいて、大事にされるだろうということ。そして数ヵ月後、その作品はきっとサザビーズの会場で、白い手袋をはめたやつらがものものしく運び込むのさ。

Q:ストリート・アーティストの作品がギャラリーに展示されることについてどう思いますか?

A:リビングやダイニングに飾られることがストリート・アートの宿命だとは思わない。動物が飼いならされると、いずれ野生を失い、たるんで無気力になるだろ。だからライターたちの作品はおそらく街中にとどめておくべきなんだ。部屋でペットを飼いたいというやつにとっては残念かもしれないけど…。
きれいな部屋で紅茶をすすりながら眺めるグラフィティからはアドレナリンが湧き出る感覚は得られないだろ!
壁に書かれた作品を盗むやつらもいるけど、彼らには驚かされるよ。本当に僕が描いた作品だということを保障する証明書が欲しいって言うんだ。それってつまり、僕が他人の財産を損壊したことを認める供述書のことだよね!

Q:なぜストリートでグラフィティの発表を続けるのですか?

A:それは美術館なんかよりも河川敷のほうが空間として興味深いからさ。それにギャラリーや美術館だとレンブラントのような有名画家と比べられてしまうけど、ストリートなら比較の対象はゴミ箱だったりするだろ! 肥満体のやつらと付き合えば、自分が痩せてるんじゃないかって思えてくるのと同じさ。

Q:作品が売れてお金持ちになりましたか?

A:周りが思っているほど儲かってないよ。商業的なギャラリーで僕の作品の展示会が開催されても僕にはまったく関係ないんだ。Tシャツにせよ、マグカップにせよ、絵葉書にせよ、僕には一銭も入ってこない。弁護士は僕のことを、現存する作家の中で今、最も模倣されているアーティストだと言う。だからそれに抵抗すべきだと。でも僕は少なからず作品を通じて、所有権という概念について懐疑的な眼差しを向けてきたつもりだから、そんな僕が所有権をめぐって誰かを攻撃するのはおかしいだろ!
サンダンス国際映画祭に行ったとき、街を探索してグラフィティを描こうと思って現地でミニバンを借りたんだ。友人と二人で一週間キャンプ場にとめた車で寝泊りしてさ。雪が降り積もる中、野犬が集まってきたり、小さな電気ストーブで暖をとったり、折りたたみ式のベッドの上で鉛筆を削ったりという生活。そこら中が犬の糞でさ。その一週間後、地元紙が僕のことを取り上げたんだよ。「恐るべきマーケティング戦略」だって…。

Q:あなたの作品に商業的な価値がつけられていることについて、どのようにお考えですか?
贅沢品として売買されることはあなたにとって問題ですか?

A:僕の弁護士が言うには、建造物に対するヴァンダリズムによって僕が警察に訴えられることはほとんどないという。なぜなら、彼の理屈では僕の作品によって建造物の価値は下がるというよりもむしろ上がるはずだからだ。ちなみにこの弁護士は、アメコミのスーパーヒーロー柄のネクタイを好むようなやつだけどね!

Q:アート業界についてどのようにお考えですか?

A:しばらくは大規模な個展を開く予定はない。ものすごくリスクが高すぎるから。
作品の「知名度」というやつが高くなり、ただのヴァンダリズムとして見なされなくなってきた頃から、僕は多くのごろつきに出会った。アート業界にはうさんくさいやつが大勢いて、皆の目をくらませようと常に企んでいるんだ。グラフィティに反対する団体の人たちは、タグが人を不快な気持ちにさせると言うけれど、現代アートほどではないよね! 明らかに現代アートというものは意図的に、それを鑑賞する一般の人が、(それを理解できない)自分のことを能無しだと思うように仕掛けているからね。
僕自身いわゆる、より「オフィシャル」な作品に取り組んでみるというのも悪くはないけど、建物のひさしによじ登るほうが、審査委員会に企画のプレゼンをおこなうよりも簡単だからね!

Q:今後のプロジェクトについて教えてください。

A:いい質問だね。人類は夢遊病者のように、この世の終末に向かっている、そんなテーマを巨大な壁面に描こうという構想があった。気づいたらパブでフライドポテトを食ってたけどね。







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