「電気屋のネズミ」 | ☆Dancing the Dream ☆

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小野 誠彦(おの せいげん)さんの
『SEIGEN ONO/FLYING FISH WEDDING』、
20枚組CD BOXセット『SEIGEN ONO/Saidera Paradiso SD-2000 complete box』に付属するブックレットのために三宅さんがセイゲンさんに寄せた
文章の原稿~ラブラブ

「電気屋のネズミ」・・これが、めちゃくちゃ面白い~~ラブラブにひひ
I Love Jun Miyake~~~恋の矢



小野 誠彦(おの せいげん)
日本の音楽プロデューサー・レコーディング・エンジニア・マスタリング・エンジニア・スタジオ設計者。これまでに、坂本龍一・渡辺香津美・吉田美奈子・ムーンライダーズ等を手掛けている他、自身もアーティストとしての活動を行っている。
レコーディングスタジオ・レーベル・個人事務所「Saidera Paradiso」代表取締役。



「電気屋のネズミ」 (for Seigen Ono)
                            Text : 三宅 純
                            (構成 : Kiev)
  

 アルバムの仕上げで、一人で海外に行くとする。

 一人ってことは楽器やら、マスターテープやら、ハードディスクやら、現金やら、目方も責任も重いものを全部持って動くことになる。
 「今ここで何かあったら、この音は誰にも知られずに迷宮入りするんだ」と思いながら夜の街を歩いたり、税関のおばちゃんとやりあったりするわけだ。セイゲンもきっとそうなんだろうな。
 でも仕事が始まってしまえば、予期せぬハプニングも片っぱしから味方につけて、朝顔が咲いている間しか見えない蜘蛛の糸を渡るように、あるいは手乗り文鳥の足につかまって無人島から脱出するように、「最後には笑える」仕事をしてきた。たぶん。
 でも、こんなハプニングはどう考えたらいいんだろう?
 なぜかこういう収納場所に困るような出来事が、ひと仕事にひとつずつ付いてくる。

その1)

 ちょっと古いけど、'93年の夏にハル・ウィルナーと一緒に作っていたアルバム(註:『星ノ玉ノ緒』)をニューヨークで仕上げていた時。録音には最新作(註:『Innocent Bossa in the mirror』)にも参加してくれた、アート・リンゼイ、ピーター・シェラーをはじめ、マーク・リボー、ドン・アライアスなども参加してくれて、満足のいくあがりになっていた。
 そしてグレッグ・カルビとのマスタリングの初日、僕はDATのテープを買い足すために、タイムズスクエアにほど近い電気屋さんに立ち寄った。
 入った瞬間うさんくささを感じるような店だったけど、なにテープを買うだけだ・・・しかしそこには探していたメーカーのものは置いていなかった。
 「じゃまた来まーす」
と言って帰ろうとすると、一人の店員がニヤニヤしながら近づいて来る。

 「今、君のパンツにネズミが入ったよ」
 「はっ?」
 「今、君のパンツにネズミが入ったよ」
 「えっ??」
 把握できないでいると、ズボンの中で何かが凄い早さで動きだした。
 「げっ、ネズミって、まさかほんとかよ!」である。

 瞬間「噛まれたりしたらHIV感染もありえるな」という怖い考えがよぎる。
 そんな事はおかまいなしに、奴は血迷ったようにズボンの中を疾走し始めた。
 僕のパンツは全てくるぶしの上くらいに自分で切りそろえていて、地上からは少し距離がある。考えてみれば、細くて暗いパイプの好きなネズミには悪くない環境だ。しかも一度入っちゃったら、明るいとこに飛び降りるのには勇気もいるしな・・・。
 「うわっ、股間に当たった!」
 幸いまだ奴の走りは下着の外側で行われている・・・というまでが事件発生から約10秒。

 僕は居ても立ってもいられず、レジに直行、
 「ネ、ネズミ、パ、パンツ脱がせろ。いいだろ、お願い?」
 人の悪そうなレジ係はスルっとすねをまくって、
 「見てみな、俺はここ噛まれたんだ。治るのに結構時間かかったよ」
 「そっ、そうなんだ。で脱がして、ここで、ね?」
 「だめだめ他の客が」
 「いやそのレジの奥で?」
 「だめだめ」
 「2階の事務所は?・・・くわっ、いたた、またヒットした!」
 「へー」
 「もういいよ、じゃ!」

 一目散に店を走って出る。が、走り方は股間保護のために相当やばい。頭の中は「パンツが脱げる場所」で一杯だ。奴は右足のすそから中央まで駆け上がって一度分岐点をヒットし、左足の裾の方に駆け下りる。
 「あっ、ここに日本料理屋が!」、飛び込む。
 「ネ、ネズミ、パ、パンツ脱がせろ。いいだろ、お願い?」
 プエルトリカンの清掃員 「はっ?」
 「ええとつまり、ほらトイレ」
 「だめだめ、開店前だよ」
 「お願いだ」
 「30分して来な」
 「もういいよ、じゃ!」

 一目散に店を走って出る。が、走り方はひき続き相当やばい。頭の中は「パンツが脱げる場所」で一杯だ。
 そのまま長い3ブロックを走ってホテルを発見、トイレになだれ込んでパンツをおろすと、黒い影が「チュー」といって視界から消えた。はっきりと見届けられなかったのは悔しかったけど、そんなことより無事を喜ぶべきだ。

 全身ぐっしょりの汗・・・自分のホテルまで帰って、思い切りシャワーを浴びた。まだ足に奴の疾走が残ってる。膝が笑ってる。顔が飛び散ってる。胸のどっかがえぐれてる。
 そんなことがあったのに、僕はスタート時間にも遅れず、こざっぱりと仕事を済ませられた。
 皆に「電気屋のネズミ」について話したって「うそだろ」である。まだ膝は笑ってる、でも良かった、かなり良かった。けど、かすかに思う「この試練は何のために?」・・・。

 こんな納めどころの無い話を、ここにしまわせてもらおうと思いついたら、この事件がやっとはっきりと終わった気になってきた。めでたし。

 じゃいずれ、「その2)」もね。




miyake jun