みんな僕らの子供 ~『MJテープ』&小出先生の『子どもが危ない』より | ☆Dancing the Dream ☆

☆Dancing the Dream ☆

Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆


もうあと3日で、あの311から、丸3年ですね。
思えば、日本人が桜の開花を待ちわびる季節のことでした。

毎年、変わらず咲こうとする桜は、
日本の今をどう見ているでしょう?

どんな年も春になれば黙って咲いているように見える桜。
本当は、私たちには届かない、かそけき声をあげていたかしら?
「私たちの子供がみんな危ない」って。。

今日は、あの日、福島原発事故が起る、ずっと以前から、
一貫して「原子力をやめることに役に立つ研究」を続け、
放射能汚染の恐ろしさを警告し続けて下さった小出先生と、
平和のメッセージを歌い続けたマイケルジャクソンのお話しです。

ふたりの声は、究極的大事件が起こるまで、
本当には、人々に届きませんでした。
愚かなことに、原発事故が起こるまで。。
悲しいことに、彼が死んでしまうまで。。

小出先生は若き日「原子力の時代」を夢みて原子力工学の道に入られ、
やがて、それが大きな間違いであったことに気づいて以来、
原子力ムラの巨大な力と闘ってこられました。
なにより、罪なき子供たちのために。。

さて、最近、
遅ればせに読んだ小出先生の著書(黒部信一氏・共著)『原発・放射能 子どもが危ない』、
この中で、特別に衝撃を受けた最終章のある部分をご紹介したいと思います。

そして、驚いたことに、
それは、マイケルジャクソンの人生の後期のインタビュー(MJテープ)で語られ、
私の心に、強い印象を残した言葉と同じ内容を提示していました。


それらの言葉は、
自分の子供のように他の子供を愛せるか?
という究極の命題をもって、私に迫ってきました。

日本の仁なる学者と、世界のスーパースターにして愛の芸術家は、
深く苦悩し、生涯をかけて、
できれば、どの子ももれなく守ろうと心に誓っていたのですね。

自分の苦悩を本当に知る人こそが、慈悲の心をもって、
人の苦悩にも共感できる。。


どうぞ、まず、
小出先生の文章と、
マイケルジャクソンのインタビューの書き起こしを
お読みください。

==================================

『原発・放射能 子どもが危ない』 小出裕章・黒部信一著

私はこれまで、3人の息子を迎えました。太郎、次郎、三四郎です。
次郎は先天的な障害を背負って産まれてきました。
生物体としては弱い存在で、残念ながら私は、次郎を守りきることができませんでした。
弱い者に対して、世界はほんとうに残酷なのです。

しかし、せめて社会的な面、
つまり私たち大人が責任を負っている社会のありかたの面では、
弱い者に対する差別や抑圧をなくしたい、と思います。
そしてそれは本来、自分の子どもに対してだけではなく、
世界中の、あらゆる弱い者たちへの行動でなければならないと思います。

子どもを授かる前は、自分が子どもを持ってしまうと
「この子は自分の子」「こっちの子は自分の子じゃない」というふうに
区別するようになってしまうのが、私は怖かった。
自分の子を特別視してはいけないと思いながら、
現実にそうできるかどうか不安だったのです。

だから私は、太郎、次郎、三四郎という、
単なる順番以上の意味はない名前を彼らにつけました。
親の思い入れを押しつけたくなかった。
子どもは勝手に産まれてきて、勝手にその子の個性で育てばいいと思ったので、
名前は考えない、勝手に育ってくれればいい、と。

それでもやはり、自分の目の前に小さな生命がいる。
私が抱かなければ、動くこともできない、そういう生き物がいるわけです。
それをなんとか自立させなければいけないと思ったし、
もしもここにいる命が何かに脅かされるようなことがあれば、
私の命と引き換えでも守らなければいけないと思いました。

だから私は、みなさんの「自分の子どもだけは放射能から守りたい」という気持ちは
よくわかります。
でもそれと同時に、もっともっと困難を背負った子どもたち、
高い放射線に晒されている福島の子どもたちのことを、考えてほしいのです。

そして、都会に住む人には、自分たちの生活のために過疎の地域の子どもたちが、
原子力発電所の危険を押しつけられていることを、考えてほしいと思っています。


The Michael Jackson's Tapes
ラビ・シュムリーによるインタビュー(和訳byてん)  

SB:リサマリーは、慰問の時は少なくとも素晴らしかったんだね。
そこへ行って行うことには何ら問題なかったんだね。
彼らに特別な感情をもち愛を与え思いやったりというような。

MJ:彼女はそうすることに何の問題もなかったよ。
だけど、僕とリサはいくつかの点でひどく言い争った。
なぜなら彼女は、自分の子供を特別視していたんだ。
彼女にとって、彼女の子供たちが一番の関心事だった・・・。
僕は「違うよ、子供はみんな、僕たちの子供だよ。」と言った。
彼女は僕の言うことは気に入らなかった。彼女はそのことに怒り出しんだ。

それに加え、ロンドンで2人の子供が2歳の幼い子供を殺した事件があった時、
彼女は僕と言い争った。僕は彼らに会いに行こうとした。
なぜなら、女王が大人と同じ刑罰を与えたからね。
まだ10~11歳くらいの子供が刑務所にいて、僕は彼らに会いに行くつもりだった。
リサは「バカじゃないの。あなたはその子供たちがしでかしたことに褒美を与えるようなものよ」と言った。
僕は「よくそんなことが言えるね。」「遡れば、彼らは両親がそばにいない、愛を与えられず、抱きしめられることもない。彼らの目に悲しみが宿っていることが君にもわかるだろう。ただ、僕は「I love you」と言ってあげたいだけなんだ。その子供たちは愛されるに値すると思うし、彼らが人生を取り戻しても僕は「I love you」といって抱きしめてあげたいんだ。」と言った。
「あなたは間違っているわ!」と彼女が言い、
「いいや、君間が違っている」と僕は言った。
後で知ったことだけど、その子供たちの家庭は崩壊していて、幼い子供として気を配られることも世話を受けることもなかった。彼らのおもちゃは映画のチャッキーのように人を刺し、殺すことだった。それが彼らがどのようにしてこうなったかという事情だったんだよ。

SB:彼女は君が言ったことの要点を認めたかい?
MJ:いいや、彼女は、僕が悪い子たちに報酬を与えようとしていると思っていたよ。

原文:
SB: Lisa Marie was good about at least visiting. So she had no problem going and doing some. of the compassionate, things of giving these children love and making them feel special?
MJ: She had no problem doing that but her and I had several big arguments cause she’s very territorial with her children. Her children were [her major concern]. . . and I said, “No, all children are our children,” and she never liked that coming from me. She was very angry about that.
Plus, she had a fight with me one time when two little boys in London killed this other kid and I was going to visit them ’cause, the queen gave them adult sentencing of life. These were like eleven- and ten-year-old boys and I was going to go to the prison and visit them. She said, “You idiot. You’re just rewarding then for what they did.” I said, “How dare you say that.” I said. “I bet if you trace their life you can find they didn’t have parents around, they didn’t have any love, nobody there to hold them look in their eyes and say “I love you.” They deserve that, even though they’re going to get life, I just want to say I love you and hold them.” She said. “We’ll, you’re wrong.” I said, “No, you’re wrong.” Then the information came out that they came from broken families, were never watched as little kids, attended to. Their pacifier was those Chucky movies with the stabbings and the killings. And that’s how they became conditioned to that.
SB: Did she admit then that you had a point?
MJ: Nope, she thinks I’m rewarding bad kids.

==================================

私は、かつて、
このマイケルのインタビューで語られた
子供を巡る、リサとマイケルの討論を読んだ時、
リサの言い分も、身を二つに分けた子供を持つ母親として理解できると感じていました。

大のマイケルファンを自認する私ですが、
「自分の子供も人の子供も同じ、僕たちの子供」
「自分の子供も人の子供も、分け隔てをしてはいけない」という、
マイケルの強い主張に、怯むような気持ちになりました。

マイケルの[oneの思想]は素晴らしいと感じつつも、
この件に関して、一面では、ぼんやりと未消化な思いをもったままでいました。
おそらく、本能についての疑問ですね。

けれども、今、人間の本能は、きっと
「自分の子供も人の子供も同じ、僕たちの子供」
「自分の子供も人の子供も、分け隔てをしてはいけない」
これを求めている、そうに違いないと思われるのです。

それをいとも簡単に証明してくれるのは、子供たちです。
子供たちは、言葉の通じない外国の子とでも、初めて会った子とでも、
すぐに仲良くなってしまいますからね。

愛おしいと思う気持ちが、
我、我が子、我が家族、我が国、我が人種、我が人類、我が地球・・∞へと広がる
人間は、そういう想像力をもって生れてきている。
人間は、ちっぽけな存在であると同時に、魂の核に、
そういうものを、あらかじめ持っているに違いない。。
ならば、「我々」と「彼ら」の間にボーダーを作り分け隔てる、そんなこだわりは、
全く意味をなさなくなることを知っているのではないかと思えるのです。
人間が自然の中で癒されるのは、争いよりも調和を美しい感じるからこそ。
大いなる自然に触れ、この世界に生まれて生きていることをありがたいと感謝し
我知らず、涙を流せるのは、自然と格闘し恵みを受け、
また、破壊してきた人間だからなのではないでしょうか?


けれども、変化する状況に応じて、絶えず変化していくのが、
人間の心だということも理解するのです。
外から受ける力で、本来好まないことをしてしまう弱い自分を知る毎に。

平時では、家族を愛し隣人に慕われ心豊かに暮らす者が、
戦時では、敵国で無情に無力な子供さえを殺す。。
何度も、何度も繰り返してしまう戦争。。
私たちは、とても愚かな一面を持っているのですね。

だからこそ、
心の真ん中にあるものに、しっかりとしがみついて、
信念に背かないように、葛藤し続けなきゃいけない。

「自分の子供も人の子供も同じ、僕たちの子供」・・
戦争は私たちの子供を殺し合う。
私は、それが、どれほど惨いものなのか、
主観的に実感をもって知らない。
戦争を知らない世代なのです。

現在の日本政府が画策している
集団的自衛権の行使が現実になり、
改憲派の言うように、大きな防衛力、抑止力をもち、
すなわち、大きな攻撃力を備え、
おかげで敵に討たれ死ぬことを免れたとしましょう。
けれども、大きな攻撃力で、人の命を奪う殺人の経験は、
いったい、どれほど私たちの魂の深部を傷めつけ、
どれほど人生を破壊することでしょう。

今は、まさに、
戦争へと暴走する力に押し流されないように、
巧妙な嘘に翻弄されないよう、今起っていることに注視し、
平和と自由を望む人間の本能を守るために、
闘わなければいけない時だと肌で感じています。