マイケルの魂の浄化・cleansing spiritとは? ~運命の愛 | ☆Dancing the Dream ☆

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1993年2月24日の Grammy Legend Awardsのスピーチの中で、
マイケルは、このように述べています。

「The last few weeks, I have been cleansing myself
 and it’s been a rebirth for myself.
 It’s like a cleansing spirit.

 この数週間の間、私は自分自身を洗い清めていました。
 そして、それは、私にとって、生まれ変わるようなものでした。
 それは、魂の浄化のようなものです。」


マイケルの言う、『魂の浄化』とは?
グラミーの式典があった1993年2月24日の前の数週間というと・・?


実は、私、、
マイケルの言う、この「魂の浄化・cleansing spirit」について、
時期を完全に錯誤しておりまして、
今まで、なんとなく「薬物治療」に関わることだと
すっかり勘違いして聞き流しておりました∑(゚Д゚) 

いやいやいや~~!!
このスピーチは、
デンジャツアーの1レグと2レグのインターヴァルの時期なんですもの!!
「薬物治療」のために、マイケルが姿を隠して、薬物療養していたのは、
例の児童虐待疑惑により、2レグが中止された後のこと。
まったく、これには当たりませんよね!

それに、良く考えれば、
マイケルが抱えていた薬物問題は、副作用の症状のようなものであって、
根本原因ではないのですから、
生まれ変わるような「魂の浄化」というような神聖な言葉をマイケルが用いるからには、
もっと根本問題を洗い清めるような核心的な出来事があったはずなのです。


では、いったい、
マイケルを生まれ変わらせた『魂の浄化』とは何なの???\(゜□゜)/?
このグラミーの数週間前に何がありましたっけ???

数週間前というとですね。。。

1993年1月31日、マイケルは「第27回スーパー・ボウル・ハーフ・タイム・ショー」に出演。
この模様はアメリカで史上最大、1億2000万人の視聴者を釘付けにしました。
特に注目するのが、このTV放送の中で、日のみ放送された流れたペプシの、
「I'LL BE THERE」のCMです。
マイケルがピアノを弾いて「I'LL BE THERE」を口ずさんでいると
子供の頃のマイケルがやってきて一緒に「I'LL BE THERE」を歌うというCMなんですね。



そして、1993年2月10日、マイケルは
オプラ・ウィンフリーのトーク番組「TALKS TO OPRAH」に出演し、
約14年ぶりとなるインタビューを受け、
ネバーランドから1時間番組として全米に生放送され、
47%という記録的な視聴率をとりました。
この番組でマイケルは、父親に虐待を受けていたこと、
白くなった肌は白斑という肌の色素が抜ける病気であることを告白しました。
アルバム『デンジャラス」が、1991年11月26日にリリースされたばかりのことでした。

この番組では、輝くように美しいマイケルが、テレビカメラを自宅に招き、
今まで、心の中に秘めていた苦悩を、
自ら手放すかのように、大変プライベートな事柄を公表しました。

固く守ってきたプライバシーの最深部を公表したマイケルに、
いったい、何が起こっていたのでしょうか?
このような大変化をもたらすような出来事が起こっていたのですよね?!!

ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、
この時期のマイケルは、キラキラと内側から輝くように美しいのです!!

いやはや~~・・・  ウッカリしとった。。
そうだった。。。  わかったわぁ~~\(゜□゜)/

マイケルは、生れて初めて、
愛に満たされていたのですね!!!?

愛に心が満たされ、
マイケルは、本当に心から幸福だったのですね!!

マイケルが見失い探し求めていた【My Baby(心の中の子供・魂)】が、
ついに帰ってきたのですーーー!! 
何故なら、一人の女性と愛し合うことが、できたから。
たった一日、あの日にだけ流された、ペプシのCMのように、
行方不明だった彼のMy babyが帰って来たのです!!!
あのCMは、そういう意味なのだと確信しますよ!

愛によって『魂の浄化』がなされ、
固く封じていた扉を開き、
マイケルは、堂々と落ち着いて、美しい笑顔で、
世界中の人が耳を傾けるインタビューに答え、
自らの傷みを語り、手放して、
孤独の重い荷を降ろし、
まさに、生まれ変わるような心境だったのではないでしょうか?

マイケルに、生まれ変わるような『魂の浄化』をもたらした、その「愛」とは、
時期的にも間違いなく、
リサマリー・プレスリー❤その人との愛ですね!!!

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Wikiの「Personal relationships of Michael Jackson」には、
"their adult friendship began in November 1992 in L.A."
「彼らの大人の友情関係は、LAで1992年11月に始まった」
リサの友人の弁として、このように記されています。
けれども、マイケル自身は、Ebony誌のインタビュー記事(1994年)で、
『デンジャラス』制作時(1990年6月25日 - 1991年8月29日 )に、
二人の関係は新たな局面に発展したと述べています。
「僕たちは、何年もそういう風に会うようになった~(略)~
 全ては自然に発展したんだ。
 僕たちはお互いにどう思っているか感じることができたんだ。話すまでもなく。
 全てはバイブレーションとフィーリング、お互いの目を見つめることだったんだよ。」と。

しかし、リサは、同じサイエントロジーの信者、ダニー・キーオと結婚していましたので、
当初は事実上、不倫関係から始まったことになります。
だから、二人の恋愛の始まりの時期に関しては、諸説あり、
明瞭でないのは、チョッピリ体裁が悪い・・そのせいではないでしょうかね?
二人揃って出演したダイアンソーヤのTVインタでも、その辺、ゴニョゴニョ言ってますもんね~^^
けれども、マイケル自身が語ったことが、やっぱり、本当のことなんじゃなかろか~^^


リサがキーオとの第二子出産したのは、1992年10月21日のこと。
ですから、マイケルとリサの二人の間が結婚に辿り着くまでには、
『デンジャラス』そのものの、あらゆる難関があり、
また、その後には、忌まわしい児童虐待疑惑などが起こりました。
彼らの愛は、おそらく、エイザベス・テーラーなど、本当の極わずかの友人に守られて、
二人きりで、それらを突破して結ばれたのですね。

『デンジャラス』アルバムの
In the Closet、She Drives Me Wild、 Cant Let Her Get Away、
Black or White、Give in to Me・・・ドキドキするような官能的な愛の歌の数々恋の矢メラメラ

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因みに、リサの元夫キーオから二人の別れが発表されたのが、1994年4月。
その後、リサはドミニカに飛び、離婚が決定したのが、1994年5月6日。
1994年5月26日にマイケルと結婚しました。


やっぱり、愛なんだなぁ~~~~恋の矢 ラブラブ 恋の矢 ラブラブ 恋の矢

「私ははっきりと悟ったのです。というのは、今日の世界が抱える問題・・
 都心の犯罪から大規模な戦争やテロリズム、満員の刑務所に至るまで、
 子どもから子供時代が 奪われたという事実の結果なのだということです。
 子供の心の中の魔法と驚き、神秘、純粋さこそが、創造性の種子であり、
 それが世界を癒すのです。私は本当にそう信じます。」

マイケルが、グラミーのスピーチで、続けてこう言うように・・
マイケルのように完全に子供時代を奪われてきた人は、
テロリストや犯罪者になってもおかしくはないということです。

マーレーの電話に残していたマイケルの言葉が、
思い出されてなりません。
"I hurt, you know, I hurt."

しかし、マイケルは、犯罪者になどなるどころか
世界中の傷ついた子供たちを、命を賭けて癒そうとしました。

そんなことが何故できたのか?
マイケルは、このスピーチにあるように創造の喜びの中に
神の愛を感じていたことも事実でしょう。

そんなマイケルの生涯で、ひととき・・、
他の誰が、どう思おうが、
マイケルは、一人の人間として、一人の女性との愛に満たされたのですね。
それは、彼の魂を浄化するような途轍もなく大きな力となったのですね・


この時期の、
ひときわ、うつくしい、うつくしい、マイケル。。
キラキラ輝く幸福なマイケルを見るたびに、
心ときめき、その存在に感謝するのです。

ありがとう、リサ!
ありがとう、マイケル!