続・チムチムチェリー ~子供たちに愛を | ☆Dancing the Dream ☆

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The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆

 

大好きな「チム・チム・チェリー」は、
陽気な煙突掃除屋さんと握手をすると幸せになる!そんな歌です♪

けれども、この歌には、
かつての工業化が進むロンドンの最下層で、
煤だらけになって働く煙突掃除屋の貧しい子供たちの存在が隠されていました。

実は、日本で製作された、「ロミオの青い空」というアニメで語られた
煙突掃除人として売買された子供奴隷たちのお話しが、歴史上の事実だったということです。



日照りの年、ジョルジョのもとに突然あらわれた“ほお傷の男”アントニオ・ルイニ。
それは、ミラノからアルプスまでその名をとどろかせる恐ろしい“奴隷商人”だった…。
「煙突掃除!煙突掃除をいたします!」
食事もろくに与えられず、服はぼろぼろ、はだしで冬のミラノの街をゆく…。
つらい仕事とわかっていても、この時代、地方から売られてきた少年たちにほかに生きる道はなかった。
                ――アニメ世界名作劇場「ロミオの青い空」原作本。
 

ロミオの青い空(1995年)』というアニメは、
19世紀のスイス、イタリアを舞台に少年の人身売買や少年労働の苛酷さを描いた、
リザ・テツナー(Lisa Tetzner)の『黒い兄弟(1941年)』(独: Die Schwarzen Brüder)を
原作としています。
『黒い兄弟』とは、貧しい境遇のために煙突掃除夫となって、
煤で黒く汚れた顔の少年達が自らつくった結社の名前です。

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リザ・テツナーは、ドイツ東部に医者の家に生まれました。
小さい時に足を患い、障害が残りましたが、反対を押し切って故郷を離れ
ベルリンで学び、ドイツの村々の子どもたちに民話やグリム童話を語り伝える活動を
行っていました。
やがて、労働者運動のリーダー、クルト・ヘルトと出会い、
夫となったクルト共に、「語りべ」の旅を続けます。
しかし、ヒトラーがドイツ首相に就任し、政権を握ったナチスによって
夫クルトは逮捕され、彼らの財産は没収、市民権剥奪、著作出版を禁止される
という弾圧を受けるのです。
彼らは、スイスのカローナ村へと亡命し、
子供達に生きる勇気と明日への希望を与えるために執筆活動を始めます。

そして、スイス国立図書館にあった古い記録『小さなスイスの奴隷たち』に出会うのです。
1830年頃、スイス・ティチーノ地方の山奥に住む貧しい農夫たちは過酷な生活から、
子どもをミラノの煙突掃除に売りました。
産業革命が進み、労働基準法が唱えられはじめた頃で、
法律の枠外にいる子どもが労働力として求められた時代でした。
8歳から15歳の、煙突の中に入ることのできる体型の子どもが、
毎年のように売られていきました。
詰まった煙突は危険で、煙突内で窒息したり、火傷したり、身体が詰まって出られなくなることもあります。ひどい話では、仕事を急がせるため、暖炉で火を燃やし、煙突内の子どもを追い上げることもあったようです。また石炭や煤が気管支や肺を傷めるため、気管支炎や喘息そして肺病にかかりやすくなりました。特に結核は、19世紀の医療では手の施しようがなく、煙突掃除夫に限らず炭鉱夫、工場労働者などが年若くして死んでいきました。
この報告書に着想を得て書かれた物語が、『黒い兄弟』なのです。

同じくナチスの弾圧を逃れて亡命したヘルマン・ヘッセやトーマス・マンも
彼女の友人でした。
ヘッセは、リザ・テツナーを“現代最高のメルヘンの語り手”と讃えたと言います。



さて、日本にも、リザ・テツナーのような人がいます。
その人は、、
「子どもに絵本を読み聞かせられるようなお母さん」になりたかったのだそうです。

あ! けれども、
実際の彼女は、「子どもに絵本を読み聞かせられるようなお母さん」というよりも、
「子供のように上手にお話を聞く人」という印象ですが、
どちらが素晴らしいかって? 
もしかしたら、どちらも同じことかもしれませんね^^

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その人は、37年間も続く長寿番組『徹子の部屋』のインタビュアー、
戦後最大のベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』の作者でもあり、
法人「トット基金」理事長、社会福祉法人「あゆみの箱」理事、
世界自然保護基金ジャパン顧問、
ちひろ美術館館長、東京フィルハーモニー交響楽団副理事長、
そして、日本チャップリン協会名誉会長でもある、
御年80歳の傘寿を迎えられた黒柳徹子さんです。


理事や会長というと厳めしいイメージですが、
トットちゃんこと、徹子さんの関わっている団体は、
まるで、煙突掃除の少年の『黒い兄弟』という結社のように、
どれも子供心を慰め豊かしてくれそうなものばかり。。
徹子さんの活動は、全てが「子どもに絵本を読み聞かせられるようなお母さん」と
「「子供のように上手にお話を聞く人」の延長線上にあるような気がします。

徹子さんもまた、太平洋戦争の時代、いつもお腹をすかせ、
親と離れ、東京から青森に疎開し、栄養失調に陥っていた子供だったのですから。


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もう一人、私が思うに、
世界中の誰もが耳を傾ける、世界中の誰よりもすてきなストーリーテラーは、
この人ではないかと思います。

I’ve always wanted to be able to tell stories, you know, stories that came from my soul. I’d like to sit by a fire and tell people stories – make them see pictures, make them cry and laugh, take them anywhere emotionally with something as deceptively simple as words. I’d like to tell tales to move their souls and transform them. I’ve always wanted to be able to do that.

ぼくは、ずっと物語を語って聞かせられるようになりたいと思ってきました。
お解りでしょう、僕の魂から湧き上ってくる物語をです。
ぼくは、火の傍に座って人々に物語を語って聞かせたいと思ってきたのです。
―皆に様々な情景を見せて、泣いたり笑ったりさせ、言葉と同じくらい一見シンプルな何かで、気持ちの中で、皆をどこへでも連れて行ってあげたいのです。
皆の魂を動かし、一変させる物語を語りたいのです。
ぼくは、いつもそうできればいいな、と思ってきました。 ―マイケルジャクソン
                               自伝『Moon Walk』より